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横須賀共済病院(神奈川県)

神奈川県

横須賀共済病院

長堀薫 院長

関東

 テクノロジーを応用して生産性を向上する……。まるでIT企業のような施策を行う病院が横須賀共済病院です。「働き方改革」が叫ばれ、医療の現場も他人事ではないなか、病院が主体的に取り組む「AIの開発」とは? 機能評価係数Ⅱが高いランキング(2017年度・DPC病院Ⅱ群)上位にもランクインする横須賀共済病院の長堀薫院長にお話を聞きました。

ただでさえ忙しいなかで「研修医受け入れ」と「救急の全応需」を実施

横須賀共済病院の「病院改革」が始まったのは、2000年頃。当時は、在院日数は35日前後で、救急はまともにやっていませんでした。余裕があれば受けるものの、よく断っていたため、正直なところ当院の評判はよくありませんでした。現場の余裕もほとんどなく、経営も「病院経営とはなんぞや」という状況。そこから病院改革が始まります。

時系列で言えば、ターニングポイントを迎えたのは2004年。この年、初めて臨床研修制度をスタートさせました。現在は36人を受け入れていますが、それまでは1人も受けていませんでした。

「研修医を受け入れようと思う」、部長会で私がこう言うと大反対でした。「ただでさえ臨床で忙しいのに、新米を育てる余裕はない」と。それはもっともですが、若手を育成するのもまた当院の義務でもある。若手こそが医療の未来を支える基礎でもあります。

改革といえば、2005年頃に救急の「全応需」を掲げました。私が管理職でもある診療部長になってから管理者会議で提案したものですが、これもまた病院全体から反対の声が相次ぎました。なかには、「だったら1晩10万円払ってくれ」と憤る医師がいたくらいです。救急も嫌で断っているのではなく、余裕がないため致し方なかった。そんな状況ですから、彼の意見も一理あるかもしれません。しかし、私は「最後の砦の病院」と自分たちで謳っているのに、救急を受け入れなくてどうするんだという思いが強くありました。この思いを伝えると、スタッフの7割は賛同してくれました。

つまるところ、病院の「文化」を作った

誤解を恐れずに言うと、医療従事者は“綺麗事で動き”ます。彼らは良心的であり、自分のスペシャリティを発揮し患者さんを治療しケアを行う。当院にはプロフェッショナリズムを持つスタッフが揃っていますし、私も腹をくくって推し進めようとしていましたから、当初の反対をよそに多数の協力者を得ることができました。

と同時に、我々の考えに共感してもらえない医師には入れ替わってもらいました。医者以外のスタッフも競争力が高くなっていたため共感してくれるスタッフばかり残る形になりました。

ここ数年、「外来の接遇がかなりよくなった」と感じることが非常に多くなりました。特に、看護師は“優しい人”が多いため協調性を持って患者に尽くせる環境を作りました。「ディズニーアカデミー」のホスピタリティ研修を受けてもらったのもその一環です。安くはない投資ですが、満足度も高く、実際に研修に参加した看護師の離職率は低下しています。離職率の面でさらに言えば、6年前は平均を超える14%近かった離職率が、現在では7%台まで下落。実に4割減です。さらに、採用者のうち実習などで当院を訪れた学生が6~7割を占めます。我々の考え方に共感している方を採用しますから、離職率も低くなります。

また、全スタッフを対象にした表彰制度も創設しました。例えば、「急患を一番受けた研修医」「急患手術に一番参加した看護師」といったように、50以上の個人やチームを表彰しています。副賞は1人1万円の図書カードですが、大勢の前で表彰することで受賞者に喜んでもらっています。

こういった施策を褒めてもらえることも多くありますが、目標を立てて実行するマネジメントがそれまでなかったというのが実際のところです。プロ野球の世界でも監督が変わった年にいきなり優勝するチームもあります。それくらいリーダーシップは重要ですが、これまでは旗振り役が不在だったのです。

増え続ける患者にどう対応するか

現在、新規入院患者は3%ずつ増えており、非常に多くの患者さんに利用していただいています。手広く丁寧に対応するにはリソース的にも限界がありますから、対策として高度急性期に特化しました。機能を幅広く展開するのではなく、救急やがん治療、先端医療や周産期医療に特化しています。重症患者向けのICUも作りました。一方で、慢性期の分院や訪問看護ステーションは3年前に閉鎖。回復期リハビリテーション病棟もありましたが、3年前に一般病棟に変更しています。

高度急性期に特化したことは、後方部分をなくしたことでもあります。そこで周辺病院と協定を結び、それぞれ得意とする分野に応じて当院から紹介させてもらうようにしています。実に11もの病院とネットワークを結び、患者さんのうち7~8%が転院されています。

最先端のAIを使った生産性向上策

そして、最近では「AIホスピタル」に注力しています。音声入力できる電子カルテを開発。

開発は一筋縄ではいきません。AIはデータ量が肝になりますが、現在導入されている電子カルテは「医師による絵日記」のようなもの。データとしてそのまま使えません。日本語の自然言語処理と電子カルテの階層化(データベース化)には特に苦労しています。

しかし、これが実現すれば、すべてのステークホルダーに大きなメリットがあると確信しています。

例えば、医師や看護師の課題感として挙げられるのは、診療負担が多いこと。作業が多く、医師の場合はどうしてもキーボードで入力しながら患者さんの顔とモニターを行ったり来たりする場合も多い。一方で、患者さんの不満足要因の上位が「きちんと向き合ってもらっていない・話を聞いてもらっている気がしない」というもの。その点、音声入力ができれば、患者さんを見ながら診察することができます。

あるいは、事務作業の大幅な削減にもつながります。看護師を例に挙げてみましょう。今、時間外労働の大部分を占めているのが「記録」。当院の看護師の業務量調査を見ると、間接業務が時間内労働の38%、時間外だと77%にも及びます。さらにそれぞれの75%と50%が記録です。病棟で調べてもらうと、入院時には一人あたり1時間も記録にかかっていることがわかりました。しかし、診察や患者さんにお話を聞いているときに音声入力が完了していれば診察後に思い出しながら記録する作業が激減します。効率化によって生まれた時間があれば、さらにケアに費やすことが可能になります。

そして、生産性の向上は経営面でも大きな効果があります。スタッフの時間外労働にかかる人件費が削減できます。現在ではドキュメント作りのスタッフが40人程度いますから、AIにタスクシフトすることでここも効率化できる。

時間外労働が減れば、患者さんにも医療従事者も経営的にも大きなメリットがある。まさに三方よしです。このAIホスピタルが完成すれば、全国の病院に大きなインパクトを与えると思っています。

このプロジェクトは内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)に採択されました。全国で14の事業者が選ばれましたが、日立やIBMなどと並んで当院が採択されたのである意味異色だったかもしれません。しかし、労働生産性も上がり、病院経営の改善にも寄与するポイントが厚労省や内閣府に認められたのではないかと思っています。

経営品質賞受賞を目指す

AIと並行して進めたのが経営面です。「JHQC」(Japan Healthcare Quality Club:日本版医療MB賞クオリティクラブ)という、医療機関の体系的かつ継続的な経営の質向上への取り組みを評価する認証制度があります。当院も初級であるプロフィール認証を受けることができました。経営品質賞は全国で3つの病院が獲得していますが、急性期病院ではまだ受賞していず、当院が受賞できれば初となります。受審のきっかけとなったのは「やろう」と私が旗を振ったこと。チームが立ち上がり、全病院で取り組んでいます。

病院長として意識をしているのは、「経営者としてビジョンを示す」ということ。ビジョンをもとに、各管理者たちが考え、管理者たちが現場のスタッフに1年に1度語る機会も設けています。現場も目的がわからず働いていると、目の前の忙しさだけを感じてバーンアウトしてしまう。どういう方向に進んでいて、どういう役割を自分が果たしているかを理解してもらうためにもこのような取り組みを大切にしています。

今後もAIホスピタルと経営品質賞の2つを軸にし、病院改革に取り組んでいきたいと思っています。