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地域全体で連携し、継続的に提供が可能な医療環境を構築

山形県

地方独立行政法人山形県・酒田市病院機構 日本海総合病院

島貫 隆夫 病院長

東北

患者に寄り添う医療の提供や職員が働きやすい環境を大切にしている日本海総合病院。病院単体だけでなく、地域全体と連携を取り、持続可能な地域医療体制の構築に尽力しています。その取り組み内容や今後の展望などについて、島貫隆夫病院長にお話をお伺いしました。

患者さんが安心して受診できるよう、治療だけでなく心に寄り添う環境を提供

医療の質を上げることも大事ですが、病院全体の対応として患者さんが安心して治療を受けられる環境を整備することを重視しています。患者さんは不安な気持ちで受診に来ることも多く、医師の説明がなかなか伝わらないことも少なくありません。「ちょうかいネット」という地域連携システムでは開示病院の医師記録をすべて開示しており診療所の先生にも見てもらっています。当院を受診された患者さんがほかの診療所を受診された際に、「ちょうかいネット」の情報からうまく理解されていないことがわかった際には診療所の先生が患者さんに補足説明をしてくれて助かっています。
また、医師と患者さんのコミュニケーションの壁を取り除くために、メディエーション室というものを立ち上げました。何か問題が発生した場合に医師と患者さんの間で解決をはかるための部署です。患者さんは問題が起こったときに気軽に相談ができ、医師も迅速な対応が期待できます。また医師が説明をする際に、看護師が「適切な説明か」「患者さんが理解できているか」をチェックするなど、いわゆるメディエーションマインドを高める施策にも組織全体で取り組んでいます。
そのほか、東北芸術工科大学の卒業生や学生さんに「ホスピタルアート」を提供してもらっています。作り手が表現したい作品ではなく相手を思いやって作成されるホスピタルアートは、患者さんにも好評です。このように単に疾患を治療するだけではなくて、患者さんの心に寄り添う環境を整備しています。

職員が働きやすいよう、ICTの活用や病院改革推進室を設置

当院では患者さんだけでなく、職員の環境整備にも力を入れています。ICTの活用で業務効率を評価したり、メディエーション室が患者さんとの間に立って問題を解決したりして、業務時間や精神的なストレスを軽減しています。
また、「病院改革推進室」という部署を設置して、院内の問題を横断的に解決しています。こちらは病院長直属の部署ですから、看護師の時間外勤務や人員確保の問題など組織全体で解決すべき問題にスピード感を持って対応することが可能です。一例ですが、救急の問い合わせ時にテレビ電話を使った大きな画面で確認し、より患者さんの状況を的確に把握する「バーチャルケアセンター」の確立も「病院改革推進室」が手掛けています。環境が整えば、院内だけでなく地域でのタスクシフティングにもつながると考え、現在取り組みを進めているところです。
このほかにも医師の働き方改革プロジェクトチームを立ち上げて、現場の声を聞きながら積極的に対策を講じています。今後は入退院支援センターでベッドコントロールも含めたペーシェント・フロー・マネジメントも強化していくため、現場の医師の負担はさらに軽減されるでしょう。

病院単独ではなく、地域全体で医療体制を整えていく

都市部とは違い、この地域は人口減少が進んでいるため、病院単独ではなく地域全体で医療を運営していくことが大切だと考えています。そのため、地域の医師会や歯科医師会、薬剤師会、社会福祉法人も含めた「地域医療連携推進法人日本海ヘルスケアネット」を立ち上げました。医療に携わるさまざまな法人が加わることで、急性期から慢性期まで網羅した組織になっています。
たとえば「人員が確保できない」という問題がほかの病院で発生した場合、当院から看護師を出向させたり、薬剤師を派遣したりしています。このように各病院ではなく地域全体での調整を図ることで、安定した医療の提供が可能になるわけです。
また、薬剤師会からの提案を受けて、地域全体でフォーミュラリを進めています。フォーミュラリとは、安全性や効果に問題がなければ費用対効果に優れた薬を選択する投薬指針です。病院単体でやることが多いフォーミュラリですが、それだとなかなか浸透しないため、地域全体で取り組んでいます。フォーミュラリを進めた結果、経済的に大きな額の節約に繋がりましたし、患者さんにもメリットが大きいと感じています。ほかの病院から転院したような場合でも地域フォーミュラリが進んでいれば、薬を変更する手間も不要です。
このような地域全体での取り組みは、長年培ってきた信頼関係があって実現できました。また急性期は急性期、亜急性期は亜急性期と機能分化して経営が健全化されたということも、さまざまな取り組みに挑戦できる理由のひとつです。

週に1度は院内を見回り、現場の声に耳を傾ける

病院では多くの人が働いているため、全員が同じベクトルで働くように調整するのは、難しいところです。当院では、患者さんへの思いやりや共感を大事にするという基本方針を決め、看護部長を中心に職員に伝えるようにしています。
また、週に1度行う看護部長や病院の施設担当者などとの院内見回りも欠かせません。現場が一番大切だと思っているので、現場の声をヒアリングしたり、施設に問題がないかを自分の目で確認したりしています。
たとえば、部署ごとにナースステーションやトイレなどの管理方法が異なるといったことも、実際に見回りをして気がつきました。こうしたユーティリティーを改善して全体の標準化をはかることで、職員の異動があっても効率的に業務を行えます。特に今は新型コロナの問題があるので、病院として感染対策を標準化しておくことは重要だと考えています。

新型コロナにも、地域医療情報ネットワークで適切に対応

新型コロナの対応にも地域での連携を活かせたため、特に大きな混乱はありませんでした。当院は感染症指定病院なのですが、軽症の患者さんは指定病院に指定されていない医療機関で診てもらえたため、重症の患者さんに注力できました。地域情報ネットワークであるちょうかいネットを活用すると、軽症で荘内病院に入院している患者さんの容態が急に悪化した場合でもすぐにCT画像を確認できるわけです。移送が必要な場合でも迅速で的確な対応ができました。新型コロナがあったことで、保健所や行政、急性期病院との連携がうまくいっていることを再確認できたとも言えます。
今後はポストコロナ対策のためにも、さらに地域内の連携を強めていきたいですね。たとえば介護老人福祉施設や特別養護老人ホームなどでクラスターが発生したような場合は、当院のインフェクション・コントロール・ナースが指導管理を行うこともできます。また、日本海ヘルスケアネットのネットワークを活用するとクラスターが発生してからではなく、事前に感染対策指導をできるため、爆発的な感染を防ぐことも期待できます。

持続可能な地域医療を確立するために積極的なDX活用を推進

地域医療構想というのは、1回やって終わりというものではありません。人口減少は続きますから、適切な医療体制を継続して提供するためにも地域連携の範囲をさらに広げていく必要があると考えています。患者さんへの治療だけでなく、医師や看護師不足という問題に関しても、地域でキャリアパスを形成して人材を呼び込むという環境整備を行い、対処しています。
またICTの活用はすでに行っていますが、さらにDX化を進めて業務改革を進めていきたいと思っています。具体的には、PHRを来年から導入する予定です。個人の健康記録であるPHRと複数の医療機関のデータを一元管理できるEHR(電子健康記録)をマイナンバーに紐づけると、病気になる前の健康管理もできるのではと、取り組みを進めています。AI問診に関しても看護師が中心となり、少しずつ広がっている状況です。
2018年からは調剤情報共有システムを導入しており、北庄内にある調剤薬局の8割のデータがクラウドに集約され、情報を共有しています。薬を処方する際にデータをすぐ閲覧して、相互作用や併用禁忌、重複などを防ぐことができる点がとても便利です。
このほか、庄内地域のすべての救急車に12誘導心電図の送電ができる機器を搭載し、首から上腹部までの症状であればすぐに心電図を取って病院に送ることができます。すると、たとえば心電図を見て心筋梗塞だとわかれば、救急車が病院に到着する前に心臓カテーテルの準備をするといった素早い対応が可能になります。これを導入して以降、救急車が到着してから詰まった血管を広げるまでの時間を10分以上短縮できるようになりました。

医療にとどまらない地域の連携を見据えた今後の展望

患者さんの中には、いわゆる医療圏を超えて診療に来られる方も少なくありません。そこで当院では2次医療圏だけではなく、山形県全域での地域医療情報ネットワークの連携を実現しました。また、隣県である秋田県との広域連携も始まったため、これからさらに成果が出るのではと期待しています。将来的には、全国レベルでのPHRやEHRの共有に加えて、AI問診もさらに活用できればと考えています。
また、地域での医療体制を継続するためには、地域内にある病院で機能分化を進める必要もあるでしょう。特に密な連携を取っている荘内病院には、循環器内科や心臓血管外科、呼吸器外科などに医師を派遣したりして、必要な医療が届くようにしています。
さらに医療の分野だけにとどまらず、ハローワークや市役所などといった行政とも協力し、地域連携を強化していきたいですね。現在は月に1度、ハローワークから当院に来てもらっていますが、今後はこれをさらに拡大してブースを常設するのも良いのではないかと考えています。特に市役所の窓口があれば便利だと思っていて、市長にお願いをしているところです。実際に以前マイナンバーカード発行の申請手続きを院内でできるようにしたところ、とても好評でした。ですから、病院内でいろいろな手続きをできるようにすることが今後の課題です。
また、今後の展開という意味では、新しく開設した入退院支援センターをさらに発展させていきたいですね。入退院支援センターを軸にして、入退院の手続きだけでなくあらゆる手続きがそこで完結できると便利だと考えています。日本海ヘルスケアネットの歯科医師から、口腔に問題がある患者さんの退院が近づいたら、その後の地域で口腔ケアできるようにつなげてはどうかという提案もあります。このように地域のネットワークやDXをさらに活用して、持続して継続が可能な地域医療を提供し続けていきたいと考えています。