開業以来41年もの間、一度も救急患者を断ることなく、「断らない医療」を実践し続けている医療法人医仁会さくら総合病院。クリニックからスタートし、現在は中規模病院として独自の「病福連携」を推進するなど、愛知県丹羽郡大口町の地域医療を支えています。さらに、急性期病院でありながらリハビリテーションにも注力されています。小林 豊病院長に、理念を実現するために大切にしていることや、今後の取り組みについて伺いました。
「断らない医療」の実現に向け、ESの向上を優先
当院は1980年開業で、2021年で41年目を迎えました。クリニックの頃から救急を受け入れてきた稀な病院で、「断らない医療」を開業当初から理念として掲げ続けてきました。現在は「“断らない医療”を通じて、安心安全な医療・療養環境を提供する」を理念とし、経営と運営をおこなっています。ですから、41年間で一度も救急車を断ったことはないですね。もちろん当院でやれることとやれないことがあるので、当院に搬送してもらって応急処置や初期治療を施し、高次医療機関へ転院搬送した例もあります。少なくとも当地域に関しては、たらい回しが起こらないようにしています。
「断らない医療」は、働く職員の理解や協力なしには実現できません。そこで、医療機関では珍しいとは思いますが、ES(従業員満足度)を優先することを心がけています。そもそも医療機関や福祉施設は、CS(顧客満足度)だけを優先して発展してきた業態です。患者さんや地域のために、身を粉にして犠牲になって働くというのが、どこの医療機関でも当たり前と考えられてきました。しかし当院は、まず従業員満足度を大事にしています。多くの職員が笑顔で長く働いてくれれば、結果的に患者満足度は向上していく、という考えです。
トップダウンのコミュニケーションを廃止し、職員のモチベーション向上へ
当院が大切にしていることは、各職種において業務を限定しないことです。患者さんのご要望に「No」と言わずに「Yes」を可能な限り提供し、少しでも患者さんに寄り添うよう心がけるのは、当院の文化だと思います。また、当院はクリニックから大きくなった病院です。中規模病院となった現在でも、大病院にはない温かさを患者さんに感じてもらえるよう、挨拶を重視しています。
一方でクリニックから始まった短所としては、すべてがトップダウンで進んでいたことが挙げられます。以前は「トップの言うことをやればいい」、逆に「トップの言うこと以外はやってはいけない」といった風土があったのですが、私が管理者になってからはがらりと変えていきました。提案書制度をつくり、現場から細かい意見・提案がきちんとトップまで上がってくるシステムをつくったんです。もちろん、すべてのアイデアを採用することはできませんが、採用できない場合も理由を明記するなど、どの提案に対しても必ず何か一言添えて戻すようにしています。
病院経営・運営において、職員一人ひとりのモチベーション向上は非常に重要です。以前に比べ、自分の意見が上まで通っていることが分かる状況になり、職員のモチベーション維持にも効果が出ていると感じます。
看護部の離職率を24%引き下げ、寄り添う医療の実現のために行動指針を策定
病院経営をおこなう上での課題としては、大きく2つあります。1つは、離職率の高さです。なかでも最大部署である看護部の離職率は特に高く、私が赴任する直前の2010年時点では38%でした。大きな要因としては、旧態依然とした業務遂行が常態化していたことが挙げられます。例えば、私の赴任当初は看護師がまだナースキャップをかぶっていたんです。赴任翌月にはナースキャップは廃止し、すぐに看護業務・病棟業務含め教育を入れ、旧態的な慣習や仕事のやり方をドラスティックに変えていきました。その結果、看護部の離職率は現状13%まで下がっています。全国平均が11%なのでもう少しですが、効果は出てきていると言えるでしょう。
2つ目の課題は人手不足です。質の高い医師を確保するため、紹介会社との連携に力を入れています。加えて実践しているのが、各職種の業務を自分の領域だけに限定しないことです。当院では10項目の行動指針を策定しているのですが、その中の1つに「職種、部署を越えて助け合います」というものがあります。職種や部署ごとに業務を限定してしまうと、限定された業務と限定された業務の間にすき間が生じて、その隙間に患者さんやそのご家族が落っこちます。そこで、職種・部署を越えて助け合うという行動指針を設け、職員一人ひとりが「ここまではできる」と業務を限定しないことにより、職種間に隙間が生じないようになり、患者さんやご家族が落っこちなくなります。
全国的にも珍しい24時間稼働のドクターカーで「病福連携」を実現
近隣のクリニックさんや福祉施設等の医療スタッフ、地域の患者さんから、安心と信頼を得られるよう、当院は基本的に専門医しか雇っていません。研修医・後期研修医も多く勤務する大病院と比較しても、その点で患者さんの安心感も大きいでしょう。また、これは近隣から当院への紹介数を増やす狙いもあります。
紹介だけではなく、逆紹介にもこだわっています。加えて重視しているのが、各クリニックや診療所のバックアップです。地域の各医療機関が在宅医療を進める際には、後ろ盾となる救急病院の存在が不可欠です。在宅医療は基本的にクリニックや診療所の先生方が主役ですが、その先生方が夜間やお休みのときに困らないよう、当院がフルカバーしています。つまり、病院と訪問診療との連携ですね。
さらに、当院独自に進めているのが病院と福祉施設との連携で、私は「病福連携」と名付けました。福祉施設では、慢性的な人手不足などを原因とした、過度の労務負担や離職率の高さが社会問題にもなっています。そうした福祉施設を支えるために、当院では福祉施設向けのドクターカー活用を実施しています。当院は愛知県で唯一24時間稼働のドクターカーを運用しており、提携している各福祉施設へ医師・看護師同乗のドクターカーを無償で出動させて、診察・治療の必要な患者さんをお迎えに伺っています。福祉施設から来てもらうのではなく、当院から出向くことにより、施設で申し送りが終わるため、施設職員の方々は病院までお越しいただく必要はありません。このような形で、少しでも福祉施設の方々の負担軽減に役立てばと考え、実践しています。
夜勤帯にもメディカルアシスタントを配置し、医師の労務負担を軽減
働き方改革に関しては、当院では以前から「メディカルアシスタント」を多数採用しています。いわゆるドクターズクラークを多く配置し、これまで医師がおこなってきた事務作業をすべて移管しています。特徴的なのは、メディカルアシスタントに夜勤をさせていることです。夜勤帯にもメディカルアシスタントを配置することにより、夜勤でも書類や手続きの漏れがないように留意しています。また、当院には主に夜間、非常勤の医師が多く当直業務に従事しているので、常勤・非常勤にかかわらず誰が当直をしても、日勤帯の常勤医に影響がないよう、夜間の業務は夜間のうちに完結させることを心がけています。
非常勤の医師を含めた当直体制、夜勤のメディカルアシスタントの導入により、医師の労務負担はかなり軽減されています。これは医師の労務負担だけでなく、同意書や書類、説明の記録の不備といったリスクマネージメントの観点からの重要な役割を担っています。一方、看護師については現状10対1の看護基準であり、理想が7対1であることを考えると、まだまだ理想的な労務環境には至っておりません。解決策として、派遣やパートではなく常勤の看護師を増やすこと、新卒採用に力を入れることに取組んでいます。その効果もあり、新卒で入職する看護師の数は年々増加していますが、新卒で入職した看護師さん1年以内に退職するような事例はありません。
要の救急を支えるITツール。医師の負担軽減や医療の質向上にも貢献
より緊急度の高いところに対して、ITツールの活用も進めています。1つは、遠隔読影です。例えば救急で入った患者さんに対し、緊急手術になるかの判断に困る場合、画像確認が必要になります。以前なら家にいた医師が病院まで来て画像を見て「これなら手術しなくていいね」と夜中に家へ帰る、といったこともありました。遠隔読影を導入したことにより、現在は医師が家にいながらiPadで病院の画像にアクセスできるようなりました。自宅で画像を確認し、「緊急手術だからご家族に連絡」「輸血を用意」など、病院に向かう間に指示や準備もできます。
他には、当院が消防に貸与しているiPhone、iPad活用してドクターカーの出動先の位置情報を正確に共有し、24時間稼働のドクターカー運用に役立てています。現在は、消防の指令室からマップに旗を立てた位置情報をメールしてもらうことで、正確な場所をみんなで共有できるようになっています。
スーパーケアミックス病院として、救急とリハビリを同時に強化
当院の特徴として、急性期病院でありながらリハビリが強いことが挙げられます。心筋梗塞や脳卒中などの重大疾病の発症後、大きな手術後、交通事故などの大きな外傷後などの患者さんに対しては、できるだけ早くリハビリが介入すべきというのが一般的に言われています。なぜなら、機能の温存や日常生活動作の回復に大きく影響するためです。ところが、多くの大病院にはリハビリスタッフが非常に少なく、公立・公的病院に搬送された場合は退院や転院するまでリハビリを十分には受けられないことも少なくありません。その点、当院であれば、搬送されてきて治療したその次の日からでも、リハビリを受けられます。
当院には療養病棟、回復期リハビリテーション病棟、地域包括ケア病棟があります。急性期で来られた方がきちんと機能を回復するまで、当院の中で完結して面倒を見られるわけです。いわゆる「スーパーケアミックス病院」として、親和性のある急性期医療とリハビリテーションの提供を、今後もさらに推し進めていきたいです。