福岡県みやま市にて、70年以上にわたって地域の方々の健康に貢献されてきたヨコクラ病院。急性期医療から回復期医療、包括医療、療養医療まで幅広く提供されており、当地域において無くてはならない存在となっています。病院経営に関する思いや今後の課題、地域医療連携など、さまざまな角度から横倉 義典院長にお話しいただきました。
●地域の拠り所となり、地域の皆様の健康を守るためになにができるか
病院経営においては、地域とのつながりを大切にし、地域のために何ができるか、ということを一番に考えています。例えば、ヨーロッパは今でも教会がどの街にもあって、どんな田舎でも教会の周りに家が集まって街ができていますよね。これは要するに、教会が地域の拠り所になっているわけです。現代日本、特に地方においては、その役割は病院に可能性があると思うんです。
地域の人々の健康を管理する病院があり、何かあっても24時間診てくれるというのは、地域の安全・価値として非常に重要です。もし地域に病院がなければ、住民の皆さんの健康を守る拠り所がなくなってしまい、みんな別の街に移ってしまうかもしれません。そうなってしまえば、いずれその地域は消滅してしまいます。そうならないためにも、どうすれば地域の皆様に健康に過ごしてもらえるか、そのための環境づくりには何が必要なのか、といったことを第一に考えて医療を提供しています。
●「患者さんを主語にして考えること」と「職員に無駄な仕事をさせないこと」
仕事をする上で、私が職員にいつも言っていることが2つあります。1つ目は「考えるときに、患者さんを主語にしていますか?」です。仕事の効率を求めること自体は良いと思いますが、そればかりになると、つい物事の主語が「自分が」とか「自分たちにとって」になってしまい、患者さんを置いてきぼりにしてしまうことがあります。そうではなくて、「患者さんが望むことか」「患者さんにとって良いことか」「患者さんのためになることか」を第一に考えるよう、職員には伝えています。
2つ目は管理職によく言うのですが、「職員に無駄な仕事やタダ働きをさせるな」です。お話しした通り、患者さんを主語にして行動することは非常に重要です。しかしそれを実現するために、無理なサービスをしろというわけではありません。患者さんを第一に考えながら、それを無理なくできるようメリハリを付けて働くことが大切なんです。そのためには、管理職が部下の動きをしっかり見て、適切な指示を出さなくてはいけません。この2点は、事あるごとに職員たちに伝えているポイントですね。
●病床稼働率は、今この地域で当院に求められている役割を表している
経営に関する数字は細かくチェックしています。毎朝ミーティングがあるので、その際に書き出して、何か問題があればできるだけ早く対応できるようにもしています。
数字で一番見るのは病床稼働率ですね。職員にもよく言うのですが、病床稼働率というのは、今この地域で当院に求められている役割を表していると私は考えています。当院はケアミックス病院なので、急性期病棟、地域包括ケア病棟、回復期リハビリテーション病棟、さらに療養病棟もあります。現在当院の回復期と療養はずっと満床、地域包括ケア病棟もほぼ満床ですが、それは運営として当たり前にできないといけないことだと責任を課しています。基本的に予定入院・予定退院が主体の病棟の稼働率が100%を切るというのは、経営のやり方やベッドコントロールがまずいということですから。
一方急性期ですが、こちらはコロナ対応で病棟を半分使ってしまったため、その影響で一時期大きく稼働率が下がりました。職員もみんなコロナ対応を頑張ってくれたのですが、どうしても受診控えと救急搬送件数の減少でその時期は患者さんが減りましたし、ある程度終息してきてからも、元に戻るのに時間がかかっている印象です。
また、これは個人的な考えなのですが、当院のような地方の民間病院は、今後急性期医療から地域包括医療中心にどんどんシフトしていくと思います。当院もタイミングを見計らいながらその変化に対応していくつもりですが、その変化がコロナウイルスの流行によって5年〜10年くらい早まったのではないかな、というのは感じています。
●課題は常勤医師の確保。立地面での条件から若い医師が来てくれない
一番の課題は常勤医師の確保です。若い常勤医師に来てほしいのですが、なかなか難しいですね。一番の理由は立地条件です。当院まで通勤するとなると、都市部の久留米市からで車で30~40分、福岡市からだと1時間以上かかります。福岡県でこの通勤時間は一つの関門です。今の若い方は福岡市に住まれることが多いので、アクセス面でなかなか選んでもらえません。他の職種についても地元みやま市の若い方もどんどん福岡市などの都市部に出ていってしまい、何か大きな事情や理由がないと、地元に残って就職するということも少ないんです。
また、新しい医師がなかなか来てくれないことで、病院内で世代交代が進まないという問題もあります。もちろん長くいてくださる先生方は頼もしいのですが、先のことを考えていくと、少しずつでも世代交代を進めていかないと、人材不足がより深刻化していく恐れもあります。
人材確保のために以前から取り組んでいるのが奨学金制度です。希望者の中から、事情のある方や、特に頑張ってほしいと思う方を優先して支援しています。例えば、ひとり親の家庭で「家族に負担をかけたくない」という方ですとか、地元に残って来てくれる方ですね。そうした方を選んで、できる限り支援できるように思って取り組んでいます。それから採用ページについても、なるべく若い方にも興味をもっていただけるように、広報担当にデザイン面を頑張ってもらうなど工夫をしています。
●医師の職場環境向上に注力し、当直に来てくれる医師には食事なども豪華に
さきほどの採用の話にもつながるのですが、医師に来てもらいやすいよう、医師の働く環境には気を配っていますね。先代・先々代の頃からやってきたことなのですが、大学病院から出向いただく非常勤の医師をしっかり確保し、その先生方に継続して来ていただけるよう、働きやすい環境を整える。そうやって、非常勤で来てくださる先生に「この病院にはまた来たい」と感じていただければ、結果的に常勤医師の負担も減ります。
具体的には、外来の専従看護師をしっかり配置する、放射線検査などもいつでもできるよう体制を整えておく、それからクラークさん(医師事務作業補助者)を多数配置して医師の事務業務負担を減らす、などですね。実際に、来てくださる先生方からも「ヨコクラ病院は医師の仕事に集中できる。他の仕事は自動的に進めてくれるからやりやすい」とお声をいただいています。
また、日・祝日や連休に当直に来てくださるときはいつもより豪華な食事を用意する、宿直室を過ごしやすいようにリフォームするといったこともおこなっています。特に食事は、病院直営を維持しての給食なので、入院食や職員食もそうなのですが、多少値段が高くてもなるべく地産地消で地元の美味しいものをお出しするようにしています。常勤の若い医師の獲得がなかなか難しいからこそ、こうした形で常勤・非常勤のバランスをとって回るように工夫をしています。
●働き方改革で地方民間病院が苦しくなれば、最終的に一番困るのは地域の患者さん
最初に申しますが、医師の勤務環境改善は進めるべき課題だと思っています。私達の時代にも、自分たちが望んでやっていた面もありますが、確かに体力勝負的な勤務は多かったと思います。ただし勤務環境を変えるには、需要と供給のバランスが必要です。特に医療において、相手は人間の命になります。医師の需要が減れば自然に勤務環境は変わると思います。医師の供給制限が性急に進む現状では、医療現場に歪みが起こることを危惧しており、回避できるように努力をしているところです。
さて、当院の取り組みです。非常勤の先生に継続して来ていただけるよう、働く環境を整える形でこれまでやってきたのですが、これからのハードルとなるのが医師の働き方改革です。当院の常勤医師は夜間業務を非常勤医師に依頼しており、そこまで残業が多くないため制度にひっかかることはないのですが、非常勤の先生は外部応援も勤務時間に加算されてしまうため、制度をうまく活用しないとこれまでのように来ていただくことができなくなります。当院だけでなく、日本全国の多くの病院がそうだと思いますが、外部からの応援が維持できなくなるのは非常に大きな問題です。
そうなると中小の民間病院は、人手の面からも収入の面からも救急医療の維持がどんどん難しくなります。その上、救急医療は元々利益率が高くありません。「頑張って維持してきたが、国の決まりなのでやめる」という病院が続出するかもしれません。うちもそうなりかねないと思っています。そうなると残るのは補助を運営に計算でき、人員も豊富なある程度規模のある公立・公的病院だけになり、そうなったときに一番困るのは地域に住む人々です。
少し本題から逸れてしまうかもしれませんが、これまで「全国一律に、地域住民の健康と安全を守る」という形で進んできた日本の医療は、研修医制度の変更や今度の医師働き方改革、それに関連した医療の効率化推進によって、「お金や住んでいる場所によって、優先して医療を受けられる人とそうでない人がでてくる」という形に変わっていくのではと危惧します。
限られた医療しかない地方に住んでいる人にとっては死活問題ではないでしょうか。
医師の勤務環境を考えるには、医療提供の最適化、地域の人々の受診形態の変容と健康管理などが密接に関係しています。途切れのない医療改革が進むことを願っています。
●近くに同規模の病院がないからこそ、地域クリニックとの連携は非常に大切
地域医療連携に関しては、当院が主催して病診連携の会を開き、地域のクリニックの先生方と色々なお話をするなどしていたのですが、コロナウイルス流行後はそうした取り組みは難しくなってしまいましたね。ただ、元々地元の医師会とはつながりがありますし、普段から地域の先生方とはよくお話はしているんです。紹介・逆紹介も徹底してやるようにしていますし、お互いにサポート体制はとれていると思います。
逆に言うと、普段からしっかり関係をつくっておかないと、地域の先生方から「患者さんを取られる」という風に見られることもあるんです。実際に、「何かあった時に、こちらの方が便利だから」と当院の一般外来に来られる患者さんもいます。ですから例えば、インフルエンザの予防接種費用を、地域の医療機関より少し高い契約にして、当院より近隣のクリニックを選んでもらうようにしてもらうなど、そうした気遣いもしています。
地域でこの規模の病院は当院だけなので、24時間、夜間でもしっかり患者さんを受け入れることが非常に大切です。そうするとクリニックの先生もご自身の患者さんが悪くなったときにすぐ当院に連絡してくださいますし、それで「お世話になったね」「いえいえ、こちらこそ」と話ができ、さらに関係が深まっていきます。地域医療をしっかり支えるための病院運営こそが重要と考え、地域の先生方としっかり関係を築くよう心がけています。
●これからの病院の役割を考えながら、どんな形で地域に貢献していくか
今後の病院経営に関してですが、さきほどの働き方改革に関する話の通り、地方の民間病院というのはどんどん難しくなっていくと思います。難しくなってくるというか、公立病院と民間病院の役割がはっきりと分かれてくるのではないでしょうか。実際に、働き方改革をはじめとした国の政策や医療の効率化推進によって、何かあってもさまざまな補助金でカバーできる公立病院と、最終的には自分たちで収支を考えていかねばならない民間病院の間に、できることとできないことの差が明確になってきています。
例えば、コロナ禍の際に「公的病院は積極的に受け入れているのに、民間病院はコロナ対応が鈍い」といった報道が多くありましたが、コロナの対応に関する外来や入院において、急性期を担っている病院間での差はそれほどなかったと感じています。逆に設立母体に関わらず、対応が早い病院と遅い病院はありました。またあまり指摘されませんでしたが、日本の医療制度は複雑ですし、海外と単純に病床数で比較できないことは分かっているはずです。そして日本の病院は機能ごとに細かに基準が定められています。人員の多い医療機関ほど対応能力は高いわけですから、必然的に中小民間病院は対応が遅くなります。コロナ対応をするための設備を整えたり、そのために病棟を閉鎖したり新たに作ったりというのは、規模や人員を考えると簡単にできることではありません。
それぞれの病院が求められる役割というものがあると思います。今後の医療提供体制は「採算は良くないが絶対に必要な医療」は、国や行政がサポートする前提で公的病院がメインで引き受けていき、民間病院は地域に密着した、地域が必要とする包括的医療を主に担っていく、という形になるのではないでしょうか。そのように医療の在り方が変わっていったときに、当院はどういう立ち位置で地域に貢献していけばいいのか。今後の病院経営に関しては、この部分が非常に重要になると考えています。
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