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地域に唯一病床をもつ医療機関としての責務、病院経営を盤石にするために行った生存戦略とは?

長野県

長野県立木曽病院

濱野 英明 院長

中部

香川県の広さに相当する面積をもつ木曽地域の中で、病床を持つ唯一の医療機関として地域を支えてきた長野県立木曽病院様。進む高齢化による過疎化や、新型コロナウィルスによる患者様の受診控えといった課題がある中で、患者様に安心して医療を受けて頂くために、職員の働きやすい環境作りを徹底した濱野英明院長にお話をお伺いしました。

職員を大切にする環境整備と改革

長野県立木曽病院(以下「木曽病院」)は、へき地医療対策の一環として1964年に開設された経緯もあり、アクセスの面において都市部のように職員を集める事が困難です。そこで既存の職員が働きやすい環境を整える事が大切だと考え、主に金銭面と労働時間面での待遇をより良くすることに力を入れています。

労働環境改善のためコンサルタントにも入ってもらい、できうる最善の改善策を模索しました。労働時間面における改善として、まずは「超過勤務の報告」を職員全員に義務付けました。同時に以前まで当たり前のように労働時間外で行われていた会議を前倒しにし、会議の内容自体も短くまとめるようにしました。それでも超過してしまった時間はしっかりと報告していただくという体制を整えました。

また当直空けの職員や拘束勤務の職員向けに振替休日を取れるような制度を作れないかと長野県立病院機構の本部へ働きかけた結果、当直や拘束勤務に関わらず、勤務が長引いて遅くまで働く事になった職員にも振替休日が取得可能な制度を作ることができました。最初は医師限定でしたが、他の医療従事者にも制度が適用されることとなり喜ばれています。

当院には常勤の医師が二十数名在籍しておりますが、それでも当直は毎日配置する必要があります。少しでも医師の負担を減らす為に、大学病院からスポットで当直に入って頂ける医師の紹介をお願いしています。こういった働きかけもあり、当院の労働環境の変化を感じてくれている職員が増えました。

一方で、こうした取り組みを通じて、多くの職員が当直や拘束明けの代休制度の事を認知していないという課題にも気づくことができました。そこで、事務部を通して改善した制度を職員全体に周知する事で、やっと認知度が高まっていきました。労働環境の改善は制度を変更することだけで解決するわけではなく、時間をかけて浸透させていくことまでが大切なのだと実感しました。

高齢化と過疎化問題。木曽地域の医療現場

一つの医療圏に病院が一つしかないというケースは全国に幾つかありますが、病床を設置している医療機関が病院一つだけというケースは、日本全国を探しても木曽病院だけです。逆に言うと地域住民の患者様は木曽病院にしか入院できないという事になります。

かつては当院には常勤の医師が今よりも多く在籍しておりました。しかし現在では木曽郡だけでなく、長野県内全体の人口が減り、高齢化と過疎化が進んでいます。そのような中で一つの診療科を一人の医師で受け持つことは困難です。そのため、上伊那地区の伊那中央病院と密接な連携をとって医師の最適な配置を実施しております。木曽病院には循環器内科の常勤医師が在籍していないため、信州大学の医局にご理解をいただき、大学から伊那中央病院に派遣されている医師には当院で週三日外来診療をして頂いています。

地域住民からすると、以前の様に常勤の医師を多く置いて欲しいと思っているでしょう。しかし、今の状況ではそれは叶いません。木曽の医療を守ることを病院運営の方針として掲げておりますが、今後このような状況が続けば、本当にそれが実現できるかどうかも考えていかないといけません。働き方改革は医師だけでなく、地域住民の方々にも理解してもらう必要があります。国はまだ医師の働き方と地域住民の期待値のバランスを正しく調整することが出来ていないため、当院としても発信してできる限りのことをしていかなければならないと常に思っております。

これからの時代に合わせた生存戦略

病院経営を成り立たせる上で黒字化であることは最低限の要素です。だからこそ、その要素を確定させるために幾つかの試みを展開しました。収益を増やすには、単価を上げるか満足度を上げて顧客数を増やすしかありません。一方でそれらは一朝一夕で実現できることではありません。だからこそ短期的な施策として、支出を抑えるため、あらゆる経費の見直しを行いました。当院は人件費を抑える事は本質的ではない事だと考えています。そのため、コンサルタントにもアドバイスを頂き、薬代等の値下げ交渉、設備保守料の節約などを行いました。

経費削減だけではなく、現在確保している医療資源の有効活用にも力を入れています。病床を最大限に活用する為、地域住民のニーズに応えて介護医療院を一昨年の三月から開設しました。その結果、現在八割五部から九割の利用率があります。一方で、当院は介護老人保健施設(老健)を持っているのですが、近隣に特別養護老人ホームが多いという事もあり、介護老人保健施設は赤字になってしまっています。さらに夜勤で働ける看護師が少ないという問題もあり、病床を減らしていくしかない状況でもあります。地域の期待に応えつつも、黒字経営を維持して行くためには病院としてのダウンサイジングと病床の有効活用をバランス良く最適化していかねばと思っています。

また、CTやMRIの稼働率の低さを改善する施策を行いました。昨年、CTやMRIを近隣の診療所にも共同でご利用いただけるように、放射線技師へ相談をおこない運用フローを改善しました。近隣の診療所から当院へファックスを一枚送って頂くと、紹介という形で機材を利用いただけるようになっています。当院には、放射線の常勤医師が居ないため、大学病院と連携して、その日の夕方までに読影レポートを提出してもらい、結果をファックスにて診療所へと送っていただきます。次の日に改めてCT、MRIのデータとレポートを一緒に郵送で依頼いただいた診療所へ送付しております。この取り組みも近隣の診療所には大変喜ばれています。

巷ではCTレポートが未読であったことによる医療安全上の問題があったのですが、当院でも常勤がいないという事もあり、読影レポートが四割ほどしか出ていないという課題がありました。そのため、CTレポートを依頼した医師が確認するのは勿論ですが、各科の依頼医と放射線科医のダブルチェック率を高めるために、できるだけ放射線科医に遠隔読影を依頼するように指示を出しています。ようやく放射線科医への読影依頼率は6〜7割に上昇してきています。さらに『ドクターネット』という機関にも読影を依頼するようになってからは休日夜間でも一時間以内にレポートが提出されるようになりました。これにより、一人で当直する医師の心理的負担を減らす事が出来たと思っています。


別件ですが、私が大学病院にいた頃、信州大学が中心となった長野県全体の地域医療連携プロジェクトの一環として、「信州メディカルネット」というシステムの立ち上げに参画しました。富士通の地域連携システムのヒューマンブリッジを使った仕組みで、このシステムを使えば電子カルテが導入されている医療機関の患者さんに関して、紹介・逆紹介の際に迅速かつ詳細な情報共有が可能となります。木曽地域には十の診療所があるのですが、現在五つの診療所に加入して頂いています。実際、現場で全ての患者様に利用できるとは思っていませんが、より、こちらのシステムが利用されることで地域医療連携が促進されていくことを期待しております。

ポストコロナを見据えて、病院として目指していきたい姿

当院ではコロナ渦での経験を活かし、今後も起こりうる大きな変化に対応するためにも、柔軟な対応力が必要であると考えています。例えば、ユビーAI問診なども紙のカルテから電子カルテに転記する作業を効率化する上で、非常にいい仕組みだと思います。このような最新のITツールを積極的に取り入れ、業務を効率化していく必要があるかと考えております。

今年から内科の負担を減らす為にも、午前中は大学から派遣いただいた若い医師に勤務していただいております。内科外来の新患の患者様には殆どAI問診を利用して頂いているのですが、若い医師がこのようなITツールを活用できる場を設ける事も大切だと思っています。

国の方針では業務効率化のためにもタスクシフティングを推し進めようとしていますが、すぐに医師の業務をシフティングしていくことは難しいのではないかと思います。というのも、職種を超えた業務の引き継ぎには定着するまで特に時間がかかってしまいます。

また、当院ではオンライン診療を行なっているのですが、そこまで負担軽減の効果は出ておりません。オンライン診療を行うよりも、診療所と病院のアクセスを整えることが有用だと思っています。このように、課題を解決するためにはDX化を進めることだけが正解ではない場合もあります。しかし、事務の職員がRPAを利用して事務作業の軽減を図っている様に、DX化が正解である場合ももちろんあります。これからの医療の現場には手段と目的を履き違えず、TPOにあった改革が必要だと思っています。