「心のかよう質の高い医療」の提供を行うことで地域住民から愛される病院を目指す済生会下関総合病院様。良好な経営を継続されていますが、以前は倒産の危機にも陥ったことがあるそうです。経営のV字回復を成し得た要因を森健治院長にお伺いしました。
職員に不安を感じさせないために、心がける安定した経営
地域住民に質の高い医療を提供するためには、職員のモチベーションを高く維持することが必要です。当院が所属する済生会は完全な独立採算制であるため、非常勤を含む約1000人の職員に不安を感じさせないよう、不安要素を排除した安定的な経営を目指しています。
コロナ禍において、病院としての収益が低下した際も、職員が生活に不安に感じない水準を守らなければいけないと思い、報酬や賞与を減額せずに病院経営を行いました。
職員の一人ひとりの高いモチベーションによって成し得たV字回復
下関は4つの大きな総合病院が存在する病院数の比較的多い地域ですが、当院はここ十数年間、全国的に見ても非常に良好な経営状態を維持できております。その理由として、地域内でのブランド力があります。大学の関連病院となる以前の30年ほど前、当院には優秀な医師が多数在籍していたようです。その事から、地域住民の中に済生会というブランドが根付いており、同様の印象を市内の別の総合病院に在籍していた私自身も当時持っていました。
しかし、開院から常に安定した経営を行えていたわけではありません。私が職員として赴任した平成17年に当院は安岡町へ全面移転したのですが、当時は移転が危ぶまれるほど悪質な経営状況でした。倒産するかもしれないという経営状況の中、新設された施設にて『いちからやり直す』という気持ちで、医師の一人ひとりが経営者意識を持って真摯に業務を行うことで、職員のモチベーションが押し上がり、病院全体の提供する医療の質が高まりました。その結果、一度は低下してしまったブランド力取り戻し、経営的にもV字回復を達成することができました。
職員時代に経験した上記の体験から、病院経営において必要なことは、いかに職員一人ひとりが高いモチベーションを維持できる環境を提供できるかだという考えを持ちました。
医師とコメディカルが互いに医療の質を高めあう文化
当院では医療の質を医師とコメディカルが相乗的に高め合う文化が生まれています。例えば医師が最先端の処置や検査の導入を進めることで、自ずと職員も高いレベルが求められるようになります。一方で、導入が軌道に乗れば、次はコメディカルから処置や検査に関する課題解決の提案が行われるという好循環がこの数年は続いています。この文化による医療の質の向上が収益に結びつき、報酬にも還元されています。
風通しの良い職場を作るために必要なものは、現場への敬意
現在でこそ、医師とコメディカルが高めあう職場となっている当院ですが、私が当院に赴任した16年前は開業医の集まりのような病院でした。各科ごとに医師が独立しており、風通しが悪く、コミュニケーションも円滑ではありませんでした。
多くの病院では全ての科が見渡せるような広い医局が一般的ですが、当院では各科が別々の部屋に位置しています。移転時のままとなっている施設の構造からも、かつて当院には物理的にも心理的にも科ごとの壁があった事を物語っています。
このようなセクショナリズムをなくすために、職員時代から積極的に別の科の職員に話しをする事を心掛けていました。新しく若い医師が増えていく中で自然とセクショナリズムは薄れていきましたが、院長になった今も、院長室から高みの見物をしていてはいけないと考え、人を呼びつけることはせず、自ら赴き話しをする事を徹底しています。どんな組織であれ、立場に胡座をかかずに、自ら責任をとるという覚悟を持つことが上の立場に立つ人間に必要な考えだと思っています。
コロナ禍の後にこそ問われる病院経営の本質
新型コロナウィルスの感染拡大が収束した後、単純に来院数が以前と同等の数値には戻ることはないだろうと考えています。そのため、病院経営の本質が問われるのはむしろこれからだと思っています。
当院は市内に4つある総合病院の中で、最も多くの患者さんに来院いただいております。今後その数をさらに増やすためには、提供する医療の質をより高めていくことが存続するために必要なことだと考えています。
当院は回復期病棟を持たず、急性期と超急性期のみの病床を持つという特徴もあるため、常に新たな治療などを導入し、急性期病院として市民にとって必要な病院であり続けることが大切です。
良好な病院経営を維持するため、院長自ら紡ぐ地域の医療関連系
医療の質を高めることは当然ですが、一方で来院いただく方を集客していくことも不可欠です。人口減少という地方都市の課題を抱えている下関市の中で、さらに来院数を高めるには近隣病院との医療連携が必須になります。
地域住民が急性期病院へ直接来院するということは珍しくなっており、来院される経路として地域のクリニックからの紹介が大部分を占めています。だからこそ、地域のクリニックとの連携と紹介率は病院経営において非常に重要です。
これまでもWebでの座談会や講演会を行なっていましたが、独自性を出すためには単純な接触回数だけではなく質が大切だと考え、自ら市内に存在する260の全クリニックへ挨拶に赴きました。さらに、当院の医師や検査技師、放射線技師など、多くの職員の顔を覚えていただくために、職員紹介の冊子を作成し県内外のクリニックに配布しております。
今後、地域医療連携なく病院経営の存続はあり得ません。可能な限り自ら外へ出て人間関係を築くことで、紹介のハードルを低くできればと考えています。
適正な評価のために日々模索する運用体制
働きやすい職場環境を提供するためには、業務の効率化と業務への適切な評価が必要だと思っています。時間外労働が多く発生していた事から、看護師に関しては数年前から労働基準法に則った勤務体制を厳格に運用しております。
一方で医師の業務は、自己研鑽と時間外労働の線引きが非常に曖昧であるため、勤務との線引きと評価に難しさを感じています。それぞれの定義を明文化してはいるものの、あらゆるケースに定義を当てはめて評価することは困難です。
地方では医師を確保することが非常に難しいため、時間外労働に関しては可能な限り削減しつつ、どうしても発生する場合にはインセンティブを付与するなど、適切な評価を行うことができる運用体制を日々模索しています。
表面的ではない働き方改革のため、進める採用活動と経営基盤の確立
医師一人あたりの業務効率化は進めていますが、本質的な医師の負担軽減を行うには、やはり医師のさらなる採用が必須です。優秀な医師を多く集めることこそ、院長として最も重要な仕事ではないでしょうか。
山口県は全国で見ても30代の医師が少ない県であり、10年後には40代の中堅医師が激減することが予想されていることから、地域に根差すことのできる若い医師を集める緊急性を感じ、来年度の医師採用強化は、大学と連携を深めることで実施しています。
医師の数が増えることによって、個人の業務効率化が行われ専門性が高めることができますが、一方で人件費は当然増加します。職員に不安を感じさせないためにも、地域医療連携を進めることで、さらに盤石な経営基盤を築いていかなければと思っております。