昨今の病院が直面する喫緊の課題、その一つが「医師の労働環境の改善」です。とはいえ、勤務時間を厳守させても、舞台は病院。医療と病院経営と業務の効率化…、並立することが難しいこの課題を「チーム医療(とくに医師のチーム制)」と「変形労働時間制(シフト制)」を導入することで成し遂げるのが昭和大学横浜市北部病院です。いかにして推し進めたのか、門倉光隆病院長に聞きました。 昭和大学では法人全体で2017年から労務管理の改善に向けた取り組みをスタートさせました。やはり、一番の課題は医師の長時間に渡る労働時間です。
ルールは厳しく、運用は柔軟に
まず、「労働時間」を厳密に設定しました。北部病院のみならず、昭和大学全体として「週37.5時間」と決めています。どうしても時間内に収まらない時もありますから、その場合は、時間外診療を月に40時間まで許容範囲としています。
とはいえ、杓子定規に運用していくのではなく、繁忙期には「週80時間」まではOK。その代わり、この80時間というラインは1分たりとも過ぎてはいけません。超えた人には辞めてもらってもいい、という強いスタンスで挑みました。そして、週80時間の勤務が許容されるのは年に6回までと決めています。
業界的には「週45時間で、繁忙期は100時間」という話も出ていますから、この「基準」はかなり厳しいレベルだと思います。世の中の流れとして45/100時間に決まればそれに従いますが、現状では上記の範囲内でルールを徹底しています。
着目したのが「タイムカードの打刻」です。当院のみならず、他の病院も同様の状況だと思いますが、これまで医師がタイムカードをまともに打刻していませんでした。なかには1か月分まとめて印鑑を押している病院もあるのではないか?という状況。そこで医師に対して「タイムカードの打刻率を100%」にする目標を掲げました。
ルールだけ厳しく設定しても、きちんと運用されるわけではありません。さらに、ルールを厳しくしていても医師としての役割を果たせない場面も出てくる。特に、昭和大学では、「4週8休」をしっかり守れるような形でスタートしていますから、なおさらです。そこで、このルールを現実的なものにするため、大きく分けて2つの施策、「チーム医療(とくに医師のチーム制)」と「変形労働時間制(シフト制)」を打ち出しました。
主治医制から「チーム制」へ。医師にもシフト制を導入
厳密に決めた勤務時間を守ってもらうとき、従来型の「主治医制」では、限界があるのも事実です。実際に、ルールを掲げたときには「退勤の時間が来れば、患者さんを診ないで帰れと言うのか?」などの現場の混乱もありました。なぜ時間外労働が増えるか、その一因は、受け持ちの患者さんの状態が悪ければ残る医師がいるからです。同じ医師としてのその気持は痛いほどわかります。
翻せば、1人の患者さんを1人の医師で受け持つから時間外労働が増えてしまう。そこで患者さんを1人の医師で受け持つのではなく、複数人で受け持つ「チーム制」の充実が効果的だと感じました。チーム制のもとでは、主たる医師はいますが、他の医師とも綿密な情報共有を行い、患者さんの状態を深く理解している。ですから、主たる医師が不在のときには当直医や同じチーム員に任せる。
チーム医療は、患者さんご本人やご家族の協力無くしては成し遂げることができません。導入前に、患者さんからの強い抵抗があるのは重々承知していました。チーム医療を取り入れてからも「私の主治医は誰ですか?その方とお話したい」と何度も言われました。そこはチーム医療について丁寧にご説明し、理解してもらいました。また、医師の時間外労働の問題が耳に入っている患者さんも多く、チーム医療に関しては理解が進んでいると感じています。
考えてみれば、昔から「医師のチーム制」と同様な勤務形態を実施している病院のスタッフがいます。それが看護師です。担当する病室は日によって変わりますし、交代制で受け持つ。しかし、厳密な申し送りなどで患者さんの情報を共有しています。例えるならば、チーム制は、すでに看護師がこれまで継続して行なっていたことを医師にも適応したといったところでしょうか。
チーム医療を運用していくには、横の連携が欠かせません。そこで意外な活躍をしているのがメッセージアプリの「LINE」です。患者さんの個人情報などを扱うことはありませんが、例えばセミナーに関する情報共有など簡単な連絡であればLINEグループ上で済ますことができます。私も病院の呼吸器外科のグループなど、複数のグループに入っています。
「チーム制」に加えて導入したのが「シフト制」です。10人医者がいたとして10人が10人、8時30分から17時の間働いていては、現場は回りません。そうではなく、17時以降も残ってもらう医者には13時に出てもらうようにする。そうやってシフトを取り入れることで、医師たちの勤務時間を抑えながら、24時間体制での医療を可能にしています。
シフト制を導入する際には、看護師のシフト制が大いに参考になりました。当院を含め、看護師は多くの病院が2交代制で24時間病院を見守ってくれています。医師にシフト制を取り入れるときにはそっくりそのまま、とは行きませんが、ノウハウはかなり活かすことができました。
シフト制ですから、例えば土日に出勤してもらうことも当然あります。これに関して、特に小さなお子さんのいる医師からは、休日がずれてしまうなど抵抗がありました。
たしかにそうかもしれませんが、冷静に考えれば、お子さんのいる医師1人に毎週土日に働いてほしいと言っているわけではありません。そこはシフト制のメリットを活用できるポイント。「月に1度、この土曜日だけ出てほしい。その代わり平日のここは休みにする。」という状況もありますから、そこは理解してもらうように説明をします。また、シフト制ですから、一週間のうち好きなタイミングで休むことができます。すると、子供の学校行事の振替休日などに休みを当てることもできる。また、ある若手の医師によれば、「土日に行けないところに行けるようになった」そうです。例えば、役所や銀行など行きやすくなりますし、多くのお店やテーマパークなどは平日の方が空いています。
言い訳ができない体制づくり
チーム制やシフト制の導入はかなり効果的ですが、それだけでは不完全でしょう。一連の改革には人員の増加が必要です。そこで、昭和大学全体として医師の採用数をどんどん増やしており、特に専攻医に関しては毎年150人を超える医師を雇い入れています。直近3年でざっと450人以上多くなっている計算です。当然、人件費も増えますが、出ていくだけではありません。例えば、これまで時間外労働に払っていた人件費を回すこともできます。また、当直制に関しても見直しを行いました。科によっては一晩中暇という部署もありますから。
労働環境の改善に乗り出して、丸3年を迎えます。この3年でタイムカードの打刻率はほぼ100%に近づいています。病院運営委員会では、打刻率が悪い科の責任者には、名指しで指摘を行います。よくあるのは「人員は増やさないが、改善しろ」というものですが、当院の場合はまだ採用できる猶予もあります。つまり、「採用したい人が居ればどうぞ連れて来て下さい」と言い訳はできないようにしているのです。
ただし、その裏でサービス残業があってはなりません。何が自己研鑽で何が勤務なのか、医師の場合特にその線引きが難しい。そこで今はタイムカードの打刻と電子カルテの内容を精査しています。いつログインして、何時間ログインしていたのか。時間外労働の申請書を見ると「18:30に終了」と言っていたのに打刻は「22:00」になっている場合などは、その間に何をやっていたのかチェックをしています。医師に関しては人事部がすべて目を通しています。
ベテランの医師のなかには「自分たちが若かった頃は…」と言いたい気持ちがあると思います。実際に私も若手の頃には、平日は病院で連日寝泊まりしていたこともあります。当時は、患者さんが寝しずまってから病棟の洗濯機で衣類を洗濯し、手術室でシャワーを浴びていたような生活でした。「私達の若い頃に比べたら、今は楽をしている!」と言って無理に尻を叩けば、それで働く医師もいるかもしれません。しかし、今はそんなことを言えるような時代ではありません。そして医師の労働環境を守ることは、医療の質にも直結すること。だからこそ、本腰を入れて厳しく取り組んできました。これらの改革がまだ100%達成したとは思っていません。これからも労働環境の改善を厳しく、そして強く推し進めていきたいと思います。