2015年末、年間7億円の赤字と医師の一斉退職というどん底の状態にあった志摩市民病院。そこから、ただ1人残った医師として6年間かけて病院を再建してこられた江角悠太院長。再建にあたって大切にされてきた思いや、実行してきたアイディアについて伺うとともに、江角院長が考える今後の施策や医療の未来についてもお話いただきました。
●自分以外の医師が全員退職。市民の健康を守るために院長となって再建に着手
私は2014年の12月に、医師が不足している地方病院に大学医局から医師が派遣される「医局派遣」で当院にやってきました。ところが翌年の秋に、長年の赤字経営が原因で市民病院から診療所へ縮小されるという話が出て、私以外にいた医師3人が一斉退職してしまったんです。
しかし、当院が診療所に縮小されれば、志摩市南部に住む約2万人の方々は市北部にある県立志摩病院まで行かなければなりません。若い人なら車で15~30分でいけるかもしれませんが、多くの高齢者の方は、持病を抱えながら徒歩とバスを使って数時間かけて行くことになってしまいます。全国の多くの地方と同じく、志摩市も高齢化がどんどん進んでいます。「志摩市民病院がなくなれば、ここに住むおじいちゃん、おばあちゃんの健康や命は誰が守るんだ?」と思い、知り合いの医師数人に何とか来てもらい、私自身が院長になる形で2016年4月に再スタートを切りました。
そこから6年かけて病院の赤字を減らしていったのですが、赤字解消できたのは「どんな患者さんも絶対に断らない」という方針を掲げたからだと思います。以前は専門外の救急や外来を断ることが多く、それで市民の方からの信頼もなくなっていたんですね。その信頼を取り戻すことが第一だと考え、私自身が「総合診療医として全部診ます」と言って患者さんを受け続けた結果、市民の方にも徐々に信頼して来ていただけるようになり、それにともなって外来や入院が増えていき、収益も回復していったんです。
●「病院祭」の日を境に市民からの信頼感が大きく変わった
最初は、私と同じモチベーションで「病院を立て直そう」と言ってくれる職員は、やはり少なかったです。しかし、市民の皆さんからの信頼が回復していく過程で、だんだんとモチベーションと自信をもってくれる職員が増えていきました。その最も大きなきっかけとなったのが「病院祭」です。私は学生時代などに何度も祭を開催した経験があったので、市民の方にもっと当院を知ってもらおうと企画しました。施設や働いている職員のことを知ってもらうことで、来やすい、親しみやすい病院だと感じてもらえればと考えたんです。
当初は「100人来るのがやっとだろう」と言われていたのですが、蓋を開けてみると何と約1,500人が来てくださったんです。市民の方も、我々職員も、市の議員さんたちも、誰もが予想外の数字でした。要因としては、職員が通常業務もあって大変な中で最後まで準備を頑張ってくれたことと、市のあらゆるところに目立つポスターを貼ったり27,000戸にチラシ配布をしたりと広報に力を入れたことなどがあると思います。この日を境に市民の皆さんの見る目が大きく変わり、当院存続に反対寄りだった市の雰囲気が賛成へと変わっていきました。また、職員は「みんなで協力して成功させた、やり切った」という達成感と、「自分たちは市民の皆さんに必要とされているんだ」という実感をもつことができました。この1日を境に病院に対する市民のイメージが、そして病院内の職員の雰囲気がプラスに変わってきた、魔法にかかったような1日でした。
●自分たちがやっている医療に対し、職員にもっと自信をもってほしい
6年かけてかなり立て直すことができましたが、課題はまだまだあります。まず、職員にもっと自信をもってほしいと考えています。そもそも地方の中小病院には、「都落ち」や「高度急性期を扱う大病院に比べて質が悪い」といったネガティブなイメージが医療界全体にあると思います。そして、そのネガティブイメージの一番の被害者は、実際に当院のような地方の中小病院で働く医師や看護師、職員なんですね。そのイメージが「自分たちなんか……」という気持ちにつながってしまう。
しかし、今や高度急性期だけをやっていれば良いという時代ではありません。むしろ高齢化が進む今後の社会においては、慢性期医療や緩和ケア、在宅医療も重要になります。だから、「自分たちがやっている医療は素晴らしいことなんだ」と職員には自信をもってほしいですね。
市民の皆さんからの信頼を得てきたことで、少しずつその自信が芽生えてきていますので、次は同じ医療従事者からの評価が必要だと思います。例えば、1人の患者さんを回復させ無事家に帰すことができた、という症例を学会などで発表し、良いところや悪いところを同業者からアドバイスしてもらう。そうした経験をするだけで、もう一段上の自信が付くのではないでしょうか。それを実現するには、今やっていることを感覚だけではなく理論的・学問的に考えていく必要があります。院長として、職員がそうした勉強をできる環境づくりを今後進めたいと考えています。
●医療の行き届かない地域を救うための「病院長養成プログラム」
今後の施策として、若い病院長・病院経営者を育て、世に輩出することを目的にした「病院長養成プログラム」があります。当地域のような、医療が行き届かなくなりつつある田舎の地域を私は「最前線」と呼んでいるのですが、そうした地域にある自治体病院・公的病院は全国で300~400院にのぼります。しかし、そうした病院には若い医師や看護師が働きづらいため、人材が足りずに経営状態が悪くなっていく。一方で、患者さんはいてニーズもある。ニーズがあるのに、医療従事者がいないからなくなってしまう。
そうしたへきち地域の人々の命・生活を守り、人生を豊かにすることが、病院長養成プログラムの目的です。まだ短期的ですが、当院が再起し、これからも継続発展させる過程を若い志のある医師に学んでいただき、同じような最前線にある病院を再建し、田舎へき地に住んでいても、豊かな人生を最期まで送れる日本にしていくことが必要だと感じます。
具体的には、若い医師に副院長のポジションを与え、実際に当院の課題解決にあたってもらいます。権限と立場を若い医師に与えられる病院は少ないですし、それが自治体病院・公的病院となればなおさらです。しかし、現実に最前線の地域を守っているのは自治体病院・公的病院ですから、そうした実際的な経験こそが最も重要です。実際に、この2022年4月から、9年目の医師が赴任され、プログラムが開始されますが、このプログラムが日本のさまざまな地域の医療を救う道筋になればと考えています。
●市役所人事で事務職が2~3年で変わってしまう。自治体病院特有の課題
前述した通り、地方の病院は医師・看護師が集まらないことが最大の課題です。それに加えて、当院のような自治体病院の大きな課題として、事務職の問題があります。当院は、事務方トップの病院事業部長をはじめ6人の事務職がいるのですが、全員が市役所人事なので、2~3年で交代してしまうんです。つまり、病院経営の経験がない人が配属され、少し仕事を覚えたタイミングで、また未経験の人に代わってしまうシステムです。継続して病院経営に従事する事務職がいないのですから、これでは経営がうまくいくはずありません。これは多くの自治体病院が抱えている問題だと思います。
もちろん、医療の重要性を理解しエース級の人材を病院事務に長年従事させている自治体首長もいます。また、首長から人事権を移譲していただき、自分たちで民間からプロを引っ張ってきている自治体病院もあります。しかし、特にへき地にある小規模自治体病院ではまだまだ広まっておりません。
このシステムでは事務職の方もモチベーションを保ちづらく、現場の医師たちとの間に温度差が生まれます。対策として、2022年度から事務職に各現場に入ってもらおうと考えています。医師や看護師、薬剤師などの職員がどれだけ一生懸命に患者さんの命や健康を考えて働いているのか、そのモチベーションを間近で知ってもらうことで、事務職も「自分たちが一生懸命やることで、患者さんの命を救うことにつながる」と実感してもらおうという取り組みです。現場を知ってもらうことを第一歩として、少しずつ事務職の課題も解決していきたいですね。
●介護医療連携ではケアマネージャーと医師の連携を重要視している
介護医療連携にも力を入れて取り組んでいます。小規模病院で在宅医療も行っている病院の強みは、ベッドを持っているためシームレスに同じ主治医が入院も在宅医療も診られることです。家に帰しやすく入院もさせやすいため、地域包括ケア病院の一番の役目である「時々入院ほぼ在宅」を実現できます。
そのためには、重症化させずに軽症の段階でピックアップすることが大切です。そこで重要になるのが、最も在宅に近い職種であるヘルパー、訪問介護士、ケアマネージャーなどの存在。彼らに早い段階で異変に気付いてもらうこと、そして彼らと密に連携を築くことが非常に重要になってきます。
ヘルパーから医師に直接連絡がいくことはほとんどないため、病院として重視するのはケアマネージャーと医師の連携です。そのため、当院ではケアマネージャーと医師が直接話し合える関係づくりを心がけてもらっています。カンファレンスを開催することはもとより、普段から気軽に話し合える関係を作ってもらい、いざという時は訪問看護や病院のMSW(医療ソーシャルワーカー)だけでなく、医師とも連携をとれるような雰囲気づくりを目指しています。
●最前線の地域では5~10年以内に開業医が激減してしまう
続いて地域医療連携ですが、経営悪化の経緯もあって、あまり地域の診療所から紹介はしていただけていない状態でした。それが最近徐々にではありますが、他の病院では受け入れしにくい患者を紹介いただけるようになりましたね。市民の方からの信頼は得つつ、さらに地域の診療所の先生方からの信頼も回復していくことが重要だと考えます。定期的に診療所を訪問し、先生方が困られていることを一つひとつ解決できるよう病院の機能、医療の質の拡充を行なっていくことが重要だと考えます。
もう1つ、地域医療連携については将来的に大きな課題があります。人口が減少するよりも、診療所が減少するスピードが早く、適切な医療を提供するための診療所の先生不足がますます進むという問題です。この問題は、日本の最前線の地域は今後どこも避けられない問題だと思います。将来的には、そうした診療所の役割を私たちが継いでいかなければと考えています。当院を拠点として、診療所に医師を派遣しサポートしていくかたちを考えております。
●市民の方に対しても職員たちに対しても家族のような存在でありたい
病院の今後についてですが、市民の皆さんにとっても職員にとっても、家族のような存在になりたいと考えています。
まず市民の皆さんにとっての話ですが、そもそも病院は行きたくない場所だと思うんです。とは言え、地域に病院が無いと非常に困る。一昔前の便所は、家の外にあったそうです。今でもそのような家々はこの地域にも残っています。それが今では当たり前のように家の中に便器はある。地域医療とはトイレのようである、と考えています。医療はもともと近寄りにくいもの。それが、当たり前のように家の中にある、地域医療はより生活の一部となっていく必要があると考えます。近寄りがたいもの、汚いもの、行きたくないところではなく、生活の中に当たり前にあるもの。すると、結果的に病気を未然に防いだり、軽症の段階で発見できたり、病気を抱えていても、健康に暮らせる。
次に職員にとっての家族感です。家族のように、お互いに欠点を知っていても認め合える、裏でこそこそせずに正面切ってケンカできる、そして翌日には何事もなかったかのようにまた一緒に働ける。そうした関係ができれば、ストレスも減りますし、業務の効率化も進むのではないでしょうか。家族が難しければ、学校でもいいと思っています。学校って、遠足などのイベントはワクワクしますが、普段は「行くの、面倒だな」と思うことも多いじゃないですか。でも行ってみると楽しくて、心地よく疲れて帰ってくることが多いですよね。なんだかんだ言っても、行くと楽しくて達成感があって、心地よく疲れて家に帰っていける場所。職員にとって当院がそんな場所になることが理想だと考えています。
●最前線の地域に住む人々の最期の10年をいかに幸せにできるか
現在、少子高齢化・人口減少によって地方における医療が直面している課題は、近い将来、日本全国どこの都市も直面します。さらに言えば、世界のどの国も同じような道をたどると言われています。だからこそ、日本の地方の、医療が行き届かなくなりつつある最前線の地域、そこに住む人々を幸せにできれば、それは将来の日本、世界にとって大きなモデルケースになるのではないでしょうか。
地方に住む、70~80代以上の高齢者の方々が、人生の最期の10年間を幸せに過ごせるような医療を提供すること。それが非常に重要です。その年齢になると、がんなどの大病をいかに治すかという医療よりも、ガンを携えながら、いかに毎日を元気に健康に過ごせるか、最期までいかに自分らしく生き、そして幸せに最期を迎えるか、といった医療の方が求められる傾向になってきました。
また、高齢者の方が最期の10年を幸せに生き、亡くなることができれば、それを看取った50~60代の子世代にとっても、「自分も最期はああやって亡くなりたい」という希望にもなります。そして若い世代にそう思っていただくことは、地方の中小病院の必要性に気付いていただくきっかけにもなります。
こうしたインタビューの機会に、私自身の夢を「世界平和」と語ってきました。
自分の生まれ育った地域や今住んでいる場所で、そのまま幸せな人生の最期を生き、そして亡くなること。都会に住む人やお金を持っている人だけでなく、誰もが当たり前にそんな人生の最期を迎えられること。それこそが私の夢である「世界平和」のひとつの形であり、目指すべき世界です。そのために、日本中の最前線の地域で、中小病院が地域医療を確実に届け続けることが必要です。当院が提供している医療や「病院長養成プログラム」などが、そうした問題の解決に少しでもつながるよう、今後もしっかりと取り組んでいきます。
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