愛知県犬山市に位置する愛知せぼね病院には、全国各地から腰痛に悩まされている患者が集まってきます。整形外科としては日本で唯一の自費診療をメインに行っている施設で、当病院ではさまざまな最新の治療法を取り入れた診療を実施。病院経営者として心がけていることや効率的な診察方法などについて、伊藤 全哉 病院長にお話しいただきました。
医学の発展を目指して、新しいことへの挑戦を続ける姿勢を貫きたい
私が病院経営で大切にしている理念は「独歩啓蒙(どっぽけいもう)」という言葉です。
この言葉は私が学生時代につくった造語なのですが、新しい技術を取り込むことで医学を発展させることを常に考えています。そして、新しく開拓したものを多くの人たちに広めることで医学会を発展させ、患者さんが幸せになる世界を目指しています。
当病院は整形外科では日本で唯一、自費診療をメインに行っています。新しい技術などを海外から取り入れ、積極的に患者さんに提供しています。新しいことをやっているので、同じ医師たちからは批判されることも多いのが現実です。しかし、厳しい批判にさらされたとしても新しいものを取り入れることで医学がより進歩すれば良いと考え、行動し続けています。
当病院では、私の父の代から自費診療を行っています。良いと感じた治療はより早く患者へ提供したいという思いからです。新しく取り入れた治療法のなかには、世間に認められて保険診療が適応された治療法もあります。父から脈々と受け継いでいるものを私も大切にしていきたいと考えています。
患者さんの心に寄り添った医療の提供を心がけている
私は治療において「心身一如」という言葉を大切にしています。心と体は一体であり、分けることができないという考え方です。
肉体的なものだけでなくて、数%の割合で精神的なことが原因で発症する腰痛もあります。我々は腰痛の原因が肉体的なものなのか、精神的なものなのかを見抜かないといけません。精神的なものが原因で腰痛になっている患者さんに対しては、しっかりと話を聞いて患者さんにホッとしてもらうような治療を心がけることが重要です。
医者は理系出身の人ばかりですが。言葉の裏側を読むような国語力の部分も必要になります。私個人としては、医者は実力が2割で人徳(人となり)が8割だと考えています。若手医師には8割の部分を強化することで良い医者になれるかどうかが決まってくるということを伝えています。
「この先生はちゃんと話を聞いてくれる」と思ってもらうことで、患者さんが苦しんでいる痛みを取り除くことができる場合もあります。若手医師には技術だけでなく、患者さんの心に寄り添う力を伸ばしていってほしいと考えていますね。
患者さんからの声を拾い上げるために、手術後の定期的なアンケートを実施
当病院は手術をメインで行っている病院ですので、手術後に定期的にアンケートをとっています。手術1ヶ月後、3ヶ月後、半年後、1年後、2年後の合計5回のアンケートを実施しています。手術後の経過やナースの態度、入院中の快適さなどをヒアリングしています。年間で2,000人分のアンケートが集まるので、多くの患者さんの声を拾い上げることができていると思います。
郵送で自宅までアンケートを送り、それを返信していただく形でアンケートを取っています。病院に対して意見を書いてくださったものに関しては、なるべく全てに目を通すように心がけていますね。
アンケートを実施して感じることとしては、やはり一番重要なのは手術の技術だということです。手術して痛みが取れなければ患者さんの満足度は向上しません。最優先で考えるべきことは、痛みが取れたかどうかという部分になることを改めて実感しましたね。現代の医学では追いつかない部分もありますが、痛みの90%以上を改善させることを目指してこれからも技術を磨いていきたいと思います。
接遇トレーニングを導入し、患者さんの満足度向上を目指す
当病院では病院に来た患者さんに満足して帰ってもらうことを心がけているので、いわゆる”接遇”の部分にも力を入れています。毎週、東京から接遇のプロを呼んで研修を行っています。医師だけでなく、看護師や受付スタッフにも参加してもらっています。患者様への基本的な対応はもちろん、さらに一つ上の気配りができるよう模擬トレーニングなどを繰り返し行い、それに対してフィードバックをしてもらいます。
今までも接遇に関するマナー講習などは受講していましたが、ただ説明を聞くだけではなかなか身につくものではありません。実際に患者さんに対応している姿をチェックしてもらい、どの部分が良くなかったのかということをリアルタイムで指導してもらっています。
特に力を入れたのが受付スタッフへの教育です。すでに1年ほど接遇トレーニングを行っていますが、患者さんの評判も上がってきていることを実感しています。患者さんから「受付はあの子でお願いします」というような受付スタッフへの指名が頂けるくらいの接遇を目指していきたいです。それほどまでに受付スタッフの対応の質は重要視するべきポイントだと考えていますね。
”タスクシフティング”を行うことで、大幅なコストカットを実現
病院を経営するうえで一番大きなコストになるのは人件費です。特に看護師さんの人件費について改革を行うことを決めました。キーワードになったのは”タスクシフティング”です。今までやっていた業務の流れを変えることで効率的に業務が行えるようになります。
当病院ではドクターズクラークを積極的に採用することで、看護師さんの数を減らすことを考えたのです。ドクターズクラークとは、医師の事務的作業の負担を軽減するために医師の指示のもと、事務作業を代行する仕事を行う人のことです。看護師さんには看護師免許を持っていないとできない業務にだけ注力してもらうようにしました。日本の病院で働く看護師は色んな業務を任されていますが、看護師免許を持っていなくてもできる業務までやっているのが現状です。ドクターズクラークに看護師の業務の一部を任せることで、看護師の数を最小限に抑えることができます。
このようなことを考えたきっかけとなったのが、アメリカでの留学経験です。私は2010年にアメリカに留学していたのですが。アメリカの病院には看護師がほとんどいないのです。日本の病院と比較しても非常に効率的に病院を運営しており、コストカットできる部分があるのではないかと考えるようになりましたね。
効率的な診察方法を確立することは、病院の大幅な売上アップにもつながる
ドクターズクラークを増やすことで診察もより効率的に回すことができるようになりました。また、従来では紙カルテを活用していましたが、紙カルテを電子カルテに変更するなど大幅に診察の方法を変えていきました。その結果、医師は患者と喋るだけで診察が完了するようなシステムを作ったのです。
次の患者さんは隣の診察室に入ってもらい、ドクターズクラークは医師の診察が始まる前に患者さんに症状などをヒアリングして先にカルテを完成させます。医師は診察を終えたら、隣の診察室にいる患者さんのもとに移動し、すぐに診察を開始するという流れです。忙しい時はそういうやり方で診察を行っています。
私はこのシステムを学会で発表したのですが、同じ時間で1.5倍の患者さんを診察できるようになることで、一人の医師あたりの売上も比例してアップすることがわかりました。昨今いわれております医師の働き方改革にも有用ですし、医療事務の採用や需要が上がる話にもつながりますので、色んな病院さまで検討されてみてはよいかと思います。
その一方で、このように病院で新しいことを始める時には、現場から反発の声が上がることもあります。しかし、感情的に話すのではなく、数字をしっかりと示したうえで丁寧に説明することで理解してもらうことができます。まずは始めることが重要です。始めることさえできれば、最初の3ヶ月でその効果がわかるようになると思います。
慢性的な痛みになる前に、早めに病院を受診することがオススメ
腰痛は誰しもが発症する可能性がある疾患ですが、持っていて当たり前だと思っているので病院に来ない患者さんも多くいらっしゃいます。しかし、病院で診察を受けて原因がわかることで、腰痛を早期に治すことが可能です。
「こんな軽い痛みで病院に行ってもいいんだろうか」という方にもぜひ、病院での受診をオススメしています。ちょっとした痛みのうちに対処していくことで、慢性的な腰痛になることを未然に防ぐことができます。このくらいで病院に行ってもいいのかなっていう時が病院へのかかりどきだということを多くの方に知っていただきたいですね。
腰痛を予防するために、腰痛体操やストレッチなどを行うことを推奨しています。ぎっくり腰は生活習慣病の一つだと考えています。予防対策をしっかり講じていれば未然に防ぐことができる疾患です。YouTubeで「伊藤全哉」で検索していただければ最新の研究やストレッチの動画などが見つかると思いますので、ぜひ試してみてください。