「『生命の尊厳・信頼と安心の病院』を目指して」を理念として掲げる新潟県立十日町病院。新潟県十日町市・津南町(越後妻有地区)という日本有数の豪雪地帯における地域中核病院として、救急医療・急性期医療を担っていらっしゃいます。地域医療と人材育成に関する取組みを中心に、吉嶺 文俊院長にお話を伺いました。
●病院経営の肝は「人を集めて人を育てる」こと
当院の経営上、最も重要なテーマは「人を集めて人を育てる」ことです。背景には、新潟県の医師不足問題があります。都道府県別の医師偏在指数でも新潟県は47位で、医師の絶対数が不足していることが長年の課題なんですね。この問題に対処しながら、働き方改革にも取り組まなければなりません。そこで当院では、研修医制度、専門医制度や卒前医学教育に積極的に関わりつつ当地域の医師確保の取組みを進めています。
さらに、人手不足は医師だけではなく、看護師・薬剤師・リハビリ技師など、全ての職種にわたります。さらに、医療職以外の人材、例えば調理師などの不足も深刻です。都会であれば外部委託をしたり、サプライチェーンを利用したりもできますが、地方ではそうした選択肢が少ないのが現状です。過疎地の医療に長く携わってきた私自身の経験からも、医師に限らず、すべての人材を確保することが病院経営には何より重要だと考えています。
●互いの顔が見える医局でシームレスな情報共有
当地域全体の特徴とも言えますが、当院職員の特色は、雪国人ならではの粘り強さと実直さだと思います。医局は24~25名ですので、お互いの顔が見える関係で大変仲が良いですね。出身大学や医局の垣根もなく、内部のコンサルテーションもやりやすい環境です。
医局には4K大型テレビを設置し、そこで各科のカンファレンスをしています。以前は別室でおこなっていましたが、医局で行うことで他の科が何をしているかが常に耳に入り、自然と情報共有ができるようになりました。
また、最近はコロナの影響で少し状況は変わりましたが、昼食も基本的には一緒にとっています。大学から来ていただいている非常勤の先生方との情報共有の場にもなっています。そういう意味では、外部の先生も溶け込みやすい医局の雰囲気ができているのではないでしょうか。
●職種を超え目的を共有して、組織として研修医の育成指導に取り組む
当院は基幹型研修病院として、ここ数年は毎年1~2名の研修医を受け入れています。加えて、関連病院として慈恵会医科大学附属病院、昭和大学病院、新潟県立新発田病院などからも受け入れており、今は年間で約20名の研修医が訪れています。
研修医の受け入れを途切れさせないことは組織として重要です。研修医の指導は、医師以外の職種にもお願いしていますから、受け入れる側も気合が入りますし、良い刺激になっています。途切れさせないことで指導のノウハウを維持できる面もありますね。とはいえ、受け入れの手間はあるので、職種を超えて目的を共有してうまく継続していく必要があります。
研修医と関わることが最も多いのは看護職です。いつも常勤医を相手にしている看護師たちは、若い研修医たちのお姉さんのように関わりながらよく盛り上がっていますよ。リハビリでは実際に現場に入り込んでもらいますし、薬剤師と一緒に業務をやってもらうこともあります。研修医の個性もさまざまで、ひとりひとりに合わせてこちらが頑張らないといけない面もありますが、それらを含めて「人を育てる」ことが大切だと考えています。
●タスクシフティングの鍵は医療クラークさんの存在
前述の「人を育てる」ということに関してですが、医師事務作業補助者、いわゆる医療クラークの存在も大きいです。当院では医師不足に対応するためのタスクシフティングを目的に、早い時期から大勢揃えてもらえるよう働きかけてきました。今は15~20名の体制を維持しています。
経験を重ねて、医療クラークもかなりプロフェッショナルになってきました。事務作業補助に留まらず、最近では若い研修医に「この検査が抜けていませんか」と注意を促してくれる優秀なクラークも現れたりして非常に助かっています。
●患者さん自身が診療情報を持つ「健康ファイル」の普及を進める
続いて、地域で進めている取組みをご紹介します。まず、院内職員や近隣調剤薬局等とともに進めている「健康ファイル」の普及活動です。これは、患者さんご自身が、健康診断の結果や服用されているお薬の情報など、健康や疾病に関するあらゆる情報を一冊にまとめられるファイルです。
私が以前いた新潟県立津川病院で、在宅要介護者さんに関して、訪問看護の方、ヘルパー、ケアマネージャー、薬剤師などがそれぞれ情報を共有できるようにメモしていた「連携ノート」というものがあったんです。それを高齢者の方の僻地巡回診療などでも活用していく内に発展し、最終的に「健康ファイル」として定着しました。
普段からご自身で健康状態や治療の記録を残している方もいますよね。それを、患者さんと病院で共有してファイル化するという趣旨で進めています。
●医療機関相互の情報共有を可能にする「うおぬま・米ねっと」システム
次に、十日町市、魚沼市、南魚沼市、湯沢町、津南町の医療機関・介護事業所が医療情報を共有するネットワーク「うおぬま・米(まい)ねっと」です。同じような取組みは、最近全国各地で進められていますが、こうしたシステムは何よりまず患者さんに加入してもらうことが重要です。そのため、入院患者さんには必ず勧めており、退院までに8割くらいの方に入ってもらっています。
「うおぬま・米ねっと」のシステムは、情報共有と連絡ツールである「Team」と、医療情報参照のための「ID-Link」で成り立っています。医療機関、介護施設、調剤薬局も含めて患者さんの情報を共有できることは、医療者にとっても患者さんや利用者さんにとってもメリットが大きいです。例えばかかりつけ薬局の薬剤師さんがID-Linkで検査データをチェックして慢性腎臓病(CKD)の有無を確認するようなことが可能になりました。画像も共有できるので、医師同士の診療情報提供という点からもかなり役に立っていますね。また、退院調整の部門である当院の患者サポートセンターにおいては、退院後にはTeamを使いケアマネや訪問看護の方とカルテや各種データを共有するなど、活用が進んでいます。
こうしたシステムの普及には、これを使う医療者がこのシステムを理解してもらえることが重要ですが、この数ヶ月でようやく浸透し、皆さんに「使える」と実感してもらいつつあるように思います。若い医療従事者はこういったICTツールを使いこなしていますし、今後医療情報のICT化はさらに進むと予想されますので、今の段階からこうしたインフラをしっかり整備しておくことが重要だと考えています。
●地域の医療システム構築のためには、自治体の当事者意識が重要
今後の大きな課題として、公立病院としての役割を考える上で、どうやって地域の当事者意識を高めていくかということがあります。十日町市、津南町、越後妻有という信濃川沿いの地域で、今後どのような医療と介護のシステムを構築していくかを考える上で、公立病院として当院の役割は極めて重要です。
基礎自治体の首長が医療に熱心であれば、スピーディーに物事が進むかもしれません。しかし、得てして県立病院が存在する基礎自治体は「県や国にお任せ」という感じで、当事者意識はそれほど高くありません。そもそも新潟県は、以前県立病院全体の独立行政法人化の動きがあったのですが、実現しないまま現在に至っています。
それでも今の医療や介護の体制をなんとか維持していこうと働きかけていますが、病院を実際に運営していない自治体との話を進めるのはなかなか骨が折れますね。当院の果たすべき役割を考えた上で、県立病院のままで良いのか、今後は連携推進法人という選択肢も模索すべきと考えています。
●中堅世代の層が薄いという課題。新潟県全体で思い切った施策を
今後の地域医療に関しては、課題も含め、今の中堅メンバーに考えてもらう時期に入っています。しかし、私の次の世代、次期管理職になるべき中堅世代の層が薄いという問題意識を持っています。これは当院の医療専門職に限らず、新潟県内の様々な職種においても同様の話を耳にすることがありますす。また新潟県の医師の年齢分布を見ますと、60歳以上に比べて40~50代が極端に少なく、首都圏など県外に流出している可能性があります。
今までのように、「田舎はいいですよ」「米もお酒も美味しい」と言っているだけでは、人を集めるのは難しいですね。5Gを全部張り巡らせて、どこでもモバイルを使えるようにして、へき地オンライン診療の世界モデルをめざすとか、それくらい思い切った施策が必要だと思います。
また、病院経営をはじめ、組織を作っていくには仲間が重要で、世代間のネットワークが欠かせません。地域と病院が同じ方向を向くには、仲間意識や、共有するものが必要です。諸問題へのコンセンサスを得るために、世代を超えた対話の場や、頻繁に語り合えるフィールドを作れるかどうかが鍵だと考えます。
●しっかりと急性期医療をこなし、しなやかに包括ケアを支える
今後、当院の目指すべき姿は、信濃川筋・妻有地域の地域中核病院として、名実ともにその役割を果たすことです。そのために足りない部分を補いながら機能を拡充し、新たに取り組むべきことを検討し続けていきます。大前提となるのは、救急機能、病床を確保しておくことです。加えて、クリニカルパスからのバリアンス(変動・逸脱)がないように、医療の質を上げることが、この数年でまず取り組むべきところだと考えています。
新潟県が出している地域医療構想のグランドデザインによると、当院は「地域包括ケアシステムを支える医療機関」の「救急拠点型」に当てはまります。長期の慢性期は扱いませんが、ポストアキュート(急性期を脱した患者さん)から在宅療養支援も対応します。そうすると必然的に利用者さん・患者さん・地域住民を全面的にバックアップすることになり、やはり救急的な側面は欠かせません。つまり、ケアミックスの中核病院ですね。重症救急や高次な医療のどこまでを担うか、魚沼圏域全体のバランスを見ながら考える段階にきています。
地域の病院として訪問診療にも注力したいのですが、悩みどころは200床問題です。当院は275床ありますので、通常では在宅療養支援病院の認定を受けられません。既に在宅療養支援病院である県立松代病院や町立津南病院とうまく連携しながら、「しっかりと急性期医療をこなし、しなやかに包括ケアを支える」地域中核病院として、今後もさまざまな取組みを進めていきたいと思っています。