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他院との連携により機能分化を実現し、より地域の生活圏に根ざした医療を提供

静岡県

公立森町病院

中村 昌樹 院長

中部

人口約1万7千人(令和3年5月時点)の静岡県周智郡森町が単独で運営している公立病院の森町病院。機能別に、急性期病棟、地域包括ケア病棟、回復期リハビリテーション病棟の3つの病棟に分けて運営されています。高齢化の進む地域で在宅医療や介護施設との連携を進めてきました。中村 昌樹院長に、大切にされている考えや働きやすい環境づくりのための取り組み、今後の課題などについてお話いただきました。

●地域に必要とされる医療に応えたいという思いから、在宅診療にも長く取り組む

病院経営とは、地域に必要とされる医療を継続的に提供することと考えています。高齢化が進んだ地域では、在宅医療など生活者を支える医療が重要です。
病気やけがは生活を継続できなくなる可能性のあるイベントであり、治療という観点だけではなく、予防としての介入や生活に復帰するためのリハビリテーションが必要だと考えています。
また、森町は北部に広大な中山間地を有し、医療を行きわたらせることが難しいという課題があります。その解決のため、当院では長く在宅診療に取り組んできました。加えて、公民館を利用して初診の患者を受け付ける巡回診療も実施しています。そうすることで早期に医療介入することが可能になり、町民の生活圏の中で継続的に医療を提供することが可能となりました。

●「森町病院友の会」など懇親会も。地域と連携した情報共有で医療を行きわたらせる

当院は小さな町の公立病院です。そのため、地域の住民との連携や情報共有がしやすいという特性があり、それを活かした取り組みを長く続けてきました。例えば、同報無線を使い、月に一回その時期に合わせた医療情報の発信をおこなっています。
また、平成22年9月には住民有志の皆さんによる「森町病院友の会」が立ち上がり、地区ごとに地域懇談会などが開かれています。友の会は病院と住民の架け橋のような存在になっています。職員も積極的に地域と関わっており、近くのショッピングセンターでイベントを開催したり、地域住民が主催する町のイベントにブースを出展したりしています。住民と距離が近い分、さまざまな意見を頂戴する機会もあります。ときに厳しい意見をいただくこともありますが、それは住民が病院に対してもっと良くなってほしいという強い想いをもっていただいている証だと考え、受け止めさせていただいています。
院内では、平成12年からコミュニケーションボードという掲示板を使用し、「愛の一言」と名付けた投書を患者さんに書いていただいています。そこに書かれた内容には必ず返事をつけて掲載しています。掲示板に貼りだすことにより、院内の職員全員に情報を共有することが可能です。医療者側は、患者さんがどのような想いを抱いているのか気づくことが大切だと考え、この施策を続けています。

●人材不足課題解決のため「静岡家庭医養成プログラム」を立ち上げ

経営上の課題は医師の人事です。医師の人数が少ない中小病院にとって、医師ひとりの存在によるインパクトはとても大きいもの。病院の理想に共感してくれる医師を見つけるために積極的に情報発信をしていますが、専門医をとることが第一となっている風潮の中、地域に熱意をもったジェネラリスト志向の医師を探すのはなかなか困難です。
そこで、自分たちで全国から医師を集めて育てる方法を考えました。それが「静岡家庭医養成プログラム」です。磐田市立総合病院と菊川市立総合病院、市立御前崎総合病院の3院と連携し、家庭医、総合診療医を育てるためのプログラムを提供しています。家庭医専門の「森町家庭医療クリニック」を設立し、外来の専門性と在宅医療の専門性の両方を、少しずつ充実させてきているところです。又、家庭医の専攻医が当院の当直も担当しています。現在、このプログラムが浜松医大総合診療医プログラムに発展しています。将来的には、家庭医の中から病院の機能を担えるような医師を生み出していくことが目標です。

●在宅か入院か介護施設か、患者さんにとって適切な選択肢を提示していく

公立森町病院と森町家庭医療クリニックの死亡診断書の統計では、在宅死亡率が30%前後と、全国平均である約14%に比べ、かなり高い傾向にあります。令和2年度は40%にもなりました。とは言え、決して高いからいいとは一概に言えません。昨年度が高くなったのはコロナ禍が影響しているからです。入院をした場合、面会禁止にせざるを得ないため、終末期の患者さんを入院させるのは病院としても心苦しい面がありました。
一方で、もし病院で支えていたら改善したかもしれないという可能性もあります。患者さんが医療をどこまで求めているかを把握することが大切であり、在宅と入院、介護施設の3つの選択肢を適切に提示することが必要です。在宅死亡率は高ければ良いというものではなく、むしろその変動が病院としての課題や問題を発見する指標だと考えます。

●今後は地域の若い働く世代にも医療情報の発信できるようにしたい

当院は住民の皆さまと一体となった地域連携を長くおこなってきました。さまざまな施策によって、病院と地域はひとつのチームのような形で機能するようになりました。その一方で、若い働く世代にはまだ医療が浸透していないという課題もあります。
数年前に開催した子育て世代向けのシンポジウムでは、若い世代の方に森町病院の存在や機能について十分に知っていただけていない現状が明らかになりました。今後は若い世代にどのように医療の意識を高めてもらえるか、というのが課題になります。高齢になって病状が悪化した状態から医療が介入するのではなく、若いうちに予防介入をした方が結果的に医療費削減などにもつながります。
しかし、若い世代への積極的な情報発信を目指しても、単なる一方的な医療の押し付けでは効果が出ないでしょう。一緒に楽しんで取り組んでいくような形が理想です。実際、過去のシンポジウムに参加してくれた一部の方々が、そこでグループになり、現在地域おこしやイベントなどを開催しています。そこには森町家庭医療クリニックの家庭医も参加しているそうです。健康管理も地域の医療も、自分たちで作っていこうと取り組める形であれば、より住民に浸透していくのではないでしょうか。

●他院との連携や情報発信により、医師の時間外労働を削減

病院の働き方改革を考える際に難しい点は、医師の業務時間の調整でしょう。基本的に医師の業務は突発的なものが多く、地域に必要とされる医療がある以上はそれに応えざるを得ません。では、何を削減すればいいかというと、それは「時間外に診察に来られる患者数」です。ほとんどの患者さんが診察時間内に来院してくれて、健康を管理することができていればいいわけです。

日頃から地域の中に医療が浸透すれば、時間外に受診することは減ります。私が森町病院に来た25年前は、医療がまったく地域に浸透していなかったので、患者さんはみな症状がひどくなってから来るんですね。そうすると状況が切迫しているから緊急手術をしなければいけない。毎日そういう患者さんがやってきては緊急手術をして、の繰り返しでした。もちろん正月休みなどもありません。それと同じことを自分の後輩にはさせたくないと思っていたので、私が院長になったタイミングで、「地域への情報発信」や他院との連携構築を重視し予防医療に力を入れるようにしました。

住民の皆さんに医療の情報を伝えて浸透させていくことで、深夜帯の患者さんはだんだんと減っていきました。その後、22時から6時までの救急を制限することにしました。これは、その時間帯のほとんどが緊急性がないという過去のデータから分析した結果です。深夜帯の救急は磐田市立総合病院と中東遠総合医療センターに受けてもらうことで合意を取りました。
医師は22時まで勤務時間扱いとしましたが、その分、代休を平日にとれるようにしています。土日は家庭医に勤務してもらうことによって、医師と家庭医の勤務時間のバランスも取れるようになりました。これは連携体制をとれる病院があってこそ実現したことです。また、常に情報発信と状況共有できていたおかげで、住民の方々からの理解も得ることができました。

●若手医師の選択肢のモデルになることが目標。多様な働き方を提示したい

私はやりがいをもって地域医療に取り組んでいますし、それが若い医師にとっての選択肢の提示になればと思っています。患者さんにとって、在宅と入院、介護施設という選択肢があるように、医師にとっても高度急性期と、地域の必要に応える入院機能、外来・在宅の担い手である中小病院という選択肢が、うまくキャリアパスとして機能してほしいと考えています。総合診療医の中から、入院機能に進んでもいいし、在宅医療に進んでもいい。柔軟に選べると良いですよね。
若い医師が未来を想像する際に、今は「既存の専門医に進む」というイメージ以外が湧きづらい状況だと思います。だからこそ、地域のジェネラリストはこんなにハッピーな働き方をしているよ、ということを積極的に情報発信していき、若手医師の選択肢のモデルになることが目標です。