石川県七尾市に位置し、能登地域の医療を担う恵寿総合病院。医療にとってIT化が重要であるとの考えから、コロナ以前の早い段階でさまざまなITツールの導入を進めています。コロナを契機としてIT化はさらに加速し、現在ではオンライン診療や医師のリモートワークなども取り入れています。鎌田 徹院長に、地域の患者様への想いや病院の取り組みについて伺いました。
●「感謝される医療」の実現のために、職員が幸せであることを重視
私が当院を経営する上で大切にしているのは、「感謝される医療を提供すること」です。病院経営というとどうしても、いかに収益を伸ばすかに注力しがちです。もちろん利益を上げることは重要ですが、それ以上にまずは、地域の皆さまを大事にすること、地域に貢献していくことが大切です。ある程度収支を度外視してでも、「感謝される医療とはこういうものだ」というものを突き詰めていかなければならないと思います。
感謝される医療を実現するために意識しているのは、職員満足度を高め、職員に心のゆとりややりがいを持って医療に当たってもらうことです。医療従事者自身が幸せでなければ、人に感謝される医療を実践していくのは難しいと思います。当地域は都会とは異なり、マンパワーはどうしても不足気味です。けれども、その中で職員にはゆとりを持って働いてもらえるよう、コロナ以前から積極的にIT化を進めてきました。これまで人がやらなければならなかったことを、人じゃないものにシフトさせて時間を生み出していくためです。また、医師については専用の寮を整備し、医局の食堂では専属のシェフが夕食も準備しています。医師が健康を保って勤務できるような環境づくりの一つです。加えて、全職員に定期的にアンケートをおこない、職員の満足度を計る指標としています。特に、「自分の家族が病気になったとき、当院が家族に対して積極的に勧められる病院であるか」という項目に関しては、意識して見ていますね。
●医師不足解消のため医師のリモートワークを導入し、定年制を廃止へ
当院が抱えている課題はやはり、どの職種も人手が足りずマンパワー不足という点です。中でも医師不足を解消する1つの方法としては、医師にリモートワークを導入しました。当院では2002年に電子カルテを導入し、2015年には院外から電子カルテを利用できるリモートアクセスの運用を開始しています。当院のある七尾市は、交通の利便性などに優れた地域ではありません。そのためどうしても、七尾より金沢、金沢より東京と、医師がより都会のほうへ流出しがちなんです。そこで、金沢に自宅がある先生方にリモートアクセスを利用してもらい、土日なども自宅にいながら電子カルテを確認できる、病院に来なくてもある程度自宅で仕事ができる環境を整えています。コロナを機に国がリモートワークを推奨しているにもかかわらず、医師もリモートで仕事ができる体制を整えている病院はかなり少ないはずです。当院であればさまざまな働き方の選択肢があるという点は、魅力として今後も積極的にアピールしていくべきだと考えています。
加えて、2021年7月1日より定年制を廃止しました。人生100年時代の今、60代と言ってもまだまだ元気な医師は大勢います。そういった医師たちに、培ってきたスキルや技術をきちんと次世代へ伝えていってほしいんです。もちろん働くことを強要しているわけではなく、定年を迎えて退職したい人は退職してもらってかまいません。まだまだ働きたい人に働き続ける選択肢が増えたという意味で、定年制の廃止はより多様な働き方の実現につながっているのではないでしょうか。
●院内でクラスターが発生するも迅速に対応。最小限の影響に抑える
コロナ禍の影響で言うと、当院では2021年10月にクラスターが発生しました。院内で患者様も含めた数名がコロナに感染してしまったんです。全国的に感染者が減少している時期でもあり、当院でクラスターが出たことは非常にショックでした。クラスターを出してしまったこと自体は当然、課題だと感じています。一方で、幹部が非常に迅速に対応してくれたことで、最小のクラスター人数で感染を防げた点は良かったなと。クラスターの認定期間も本当に短かったですし、当院には危機管理能力がしっかりあるんだと自信を持てました。
迅速な対応ができた一番の理由としては、当院の理事長も日頃から言っている「備えよ常に」という意識が職員たちにしっかりとあったことです。私自身、当院がクラスターとなるとはあまり思っていませんでしたが、それでも万が一のことを考えて事前に対応策を練るなど、準備は怠りませんでした。病院としては本来、コロナ感染者を出さないほうが当然いいんです。とはいえ、常に最悪の事態を想定し、しっかりと対応していくことが大事。またそういった危機にこそ、病院の真の実力が発揮されるように思います。
●D to P with D・D to P with Nのオンライン診療を導入し、地域医療支援病院としての役割を強化
地域医療連携に関しては、2020年の4月に地域医療支援病院を取得しました。地域医療支援病院とは、かかりつけ医の役割を担う地域のクリニックなどに対し、そのバックアップを担う病院を指します。地域医療支援病院の取得要件の1つに逆紹介数があり、紹介状の書き方をマニュアル化して、紹介状を書く業務を医療秘書が担うようにしました。これにより逆紹介数はかなり増えており、地域の医療機関との双方向的な情報共有ができてきていると感じています。
地域医療に関しても、やはり肝となるのはオンラインの活用です。コロナ禍の現状では、クリニックの先生方と研修会などで顔を合わせる機会もなかなかつくれません。そこで、病診・病病連携の一環として、クリニックの先生方に対しオンラインの医療相談コーナーを設置しました。要望やわからないことを気軽に相談してもらえる機会になれば、と考えています。
また、当院にクラスターが発生した際、某大学から非常勤医師が来られなくなったことをきっかけに、某大学と連携してオンライン診療も導入しました。電子カルテとzoomのようなオンラインツールを組み合わせて活用しています。オンライン診療では(※)DtoPが一般的ですが、当院ではDtoPwithD、あるいはDtoPwithNという形態を目指しています。患者様のそばに医師、もしくは看護師がいて遠隔の医師とオンライン診療をおこなう形態のほうが、より地域医療支援病院として当院の役割を果たせるでしょう。
※DtoP:Doctor to Patient
DtoPwithD:Doctor with Patient with Doctor
DtoPwithN:Doctor to Patient with Nurse
●地域全体を巻き込みながら、一体となってDX化に邁進
当院では1997年からITツールの導入を積極的におこない、特にここ数年ではDX化を意識したITツールの活用を進めてきました。その背景には、能登の地域特性があります。能登半島の最先端に位置する珠洲市からは、当院まで車で1時間半。当院から金沢へ行くのにも車で1時間ほどかかります。どこにも距離のある地域ですから、「行かなくても済む医療」をいかにして実現するかが重要なポイントになるんです。むしろ、それを絶えず考えてきたからこそ、今回コロナのタイミングでオンライン診療などもスムーズに導入できました。
今後の課題としては、DX化を当院のみならず地域全体に広げていくことです。例えばサッカーで、たった一人強い選手がいても、チームメイトと連携が取れていなければゴールできないことと同じです。当院だけでDX化を進めても、地域全体が一体となってDX化に進んでいかなければ、地域の皆さまに貢献する医療、感謝される医療はなかなか実現できません。そしてそのために必要なのは、地域全体の医師に対して意識改革をおこなっていくこと。例えば現状でも、お互いの病院の電子カルテを共有できるだけで、利便性はぐっと向上します。たとえ病院ごとに電子カルテのシステムが異なっていたとしても、zoomやMicrosoft Teamsを介して画像を共有すれば、リアルタイムで患者情報の共有が可能になるわけです。やりようによっては今すぐにでもITツールを活用できるし、そのほうが便利だよ、患者様のためにもなるよということを知ってもらい、まず価値観を共有することが重要だと感じます。
●DXと人の力を組み合わせて、「感謝される医療」を最大化
DXの活用により、地域医療連携はより密になっていくでしょう。一方で、どうしても情報共有だけでは対応できない状況、病院に来てもらわなければならない状況も出てくるはずです。とはいえ、車に乗るのもやっとの高齢者では、とても遠方から当院まで来られません。急を要する疾患でなければ救急車も呼べない、そのような状況で活躍してくれるのでは、と考えているのが救急救命士です。法律の改定により、救急救命士にはさまざまなタスクシェアができるようになりました。医師が不足している中で、当院から医師を派遣することは難しいでしょう。しかし、救急救命士に常駐してもらい、病院に来られない患者様を迎えに行ってもらうことは可能かもしれません。
また、今後医師や看護師といった専門職のアシスタント業務を担う人材も確保していきたいです。医師や看護師を増やしていきたいのはもちろんですが、医療アシスタントが増えれば少なくとも既存の医師や看護師が、その本分と言える業務に集中できます。
感謝される医療を最大化するために、どの部分をDX化し、どの部分に人力を投入するべきか――最適な仕組みづくりのため、今後もアンテナを張って情報収集に努めたいと思います。