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精神・神経難病に特化。地域住民の皆さまを生涯にわたってフォローする鳥取モデルを世界へ

鳥取県

独立行政法人国立病院機構鳥取医療センター

髙橋 浩士 病院長

中国・四国

脳神経内科、精神科、小児神経科を専門とする国立病院機構鳥取医療センター。病床499床、職員数525名と県内有数の規模を持ち、鳥取県における神経難病や精神疾患難治例の「最後の砦」の役割を果たしていらっしゃいます。今回は地域における当院の役割や独自のお取組みを中心に、髙橋 浩士院長にお話を伺いました。

●地域の精神・神経疾患の回復期医療・慢性期病床を担い、他院との差異化をはかった病院経営

当院は精神科・脳神経内科を中心に、神経難病、脳卒中回復期リハビリ、認知症治療病棟をもつ病院です。人口20万人の鳥取市には総合病院が4つもあります。しかし、当院は神経難病、重症心身障害者医療など地域医療構想に当てはまらない慢性期病床を主としており、病院経営上は比較的コンペティションが少ない立ち位置にいます。
私たちの役割としては、まず、鳥取東部で不足している回復期医療を担うこと。さらに、認知症医療に関しては、高齢化にともなって増加している身体合併症を持つ患者さんを優先的に受け入れていくこと。いずれにしても、他院では対応できない専門分野に今後さらに特化していきたいと考えています。
また、当院はかつて国立の結核療養所として運営していたため、ご高齢の住民の方や開業医さんの中には、いまだにそう認識されている方もいらっしゃいます。そのため、改めて地域の皆さまに当院の取り組みを知っていただくPR活動も今後必要だと考えています。

●高精度検査を活用し幅広い症状の認知症患者に対応

認知症医療に関しては、脳神経内科が「もの忘れ外来」をおこなっています。認知症の原因は50種類ほどありますが、当院では高性能MRIによる画像診断と、世界標準に対応する心理検査を行い、高精度の検査を実現しました。
認知症の入院医療は、精神科と脳神経内科の共同運営で、激しいBPSD症状(行動心理症状)のある患者さんの医療保護入院などに対応します。つまり、介護施設やグループホームで対応できない患者さんの受け皿としての役割です。また、心不全などの身体合併症により精神科単科では対応が困難ですが、総合病院では認知症への対応に苦慮するというケースがあります。このような、精神症状にも身体合併症にも対応が必要なケースは、当院が対応しています。
以上のように、認知症の鑑別診断から、症状が進行した後の精神科的な治療まで、すべて一貫して対応できるのは当院の特徴です。「患者さんが歩いて来て、笑顔で歩いて帰る」をコンセプトに、認知症の人が住み慣れた地域で生きていけるよう、入院医療中心から地域生活中心への地域移行を強く進めています。

●パーキンソン病センターでは専門スタッフが個別化医療を推進して満足度向上をはかる

2020年11月に「パーキンソン病センター」を開設しました。パーキンソン病は指定難病の中でもっとも患者数が多い病気です。診断がついていない方も多く、実際の患者数は60歳以上の約100人に1人とも言われ、2040年には 2015年の約2倍になると予測されています。
当院では センター開設以前の2017年から「パーキンソン病短期集中リハビリ」を開始して、入院診療実績・収益を伸ばしてきました。これは、アメリカで考案された「リー・シルバーマン法」という手法で、この技術に習熟したリハビリスタッフが多数おります。さらに、症状に応じた投薬や生活指導に精通する認定看護師も活躍しています。
ここで注力しているのは、チーム医療に基づく個別化医療の推進です。同じパーキンソン病でも、患者さんそれぞれ症状や生活上不便を感じることは異なります。個人のニーズに合った医療サービスを提供するためには、医師、看護師、リハビリスタッフ、薬剤師、栄養士、ソーシャルワーカーが、各々の専門性を活かし、適切に情報共有することが重要です。チーム医療の充実は、患者さんの満足度向上、当院の医療サービスの質的向上につながります。これこそがホスピタリティの実践だと考えております。

●医療のデジタル化を推進。ウェアラブルデバイスによる患者さんの状態把握を

在宅医療におけるデジタル化の推進にも注力しています。現在、パーキンソン病の患者さんを対象に、オンライン診療・リハビリを開始しています。当院には、日本全国から患者さんがお越しになりますが、新型コロナウィルスの影響で来院が難しくなってしまいました。パーキンソン病はモニター越しでもある程度診察ができますので、オンラインで生活指導、リハビリ指導をおこなっています。
また、ウェアラブルデバイスの活用も、実用化に向けて進めている最中です。そもそも、パーキンソン病にはウェアリングオン、ウェアリングオフという状態があり、薬の効果に激しいアップダウンがあります。患者さんは、病院に来るために薬を飲み、最も良い状態でいらっしゃるので、医師は状態判断をするのが難しいという課題がありました。在宅時の情報は患者さんの記録・記憶頼みになってしまいますので、その記録をウェアラブルデバイスによってデジタルに置き換えようという試みです。
一定期間デバイスを装着してもらうと、患者さんの平均的な状態、動いている時間、動いてない時間、もしくは転倒・転落なども明らかになります。医療スタッフ側も、薬が効く時間と効かない時間を把握できますので、適正な薬剤調整をする上でとても有益な情報です。パーキンソン病のように根本的な治療法のない病気に対しては、ツールを用いた代替療法は、患者さんの満足度を高める上でも有用なものだと考えています。

●地域医療連携の課題は情報共有。おしどりネットの活用を推進したい

地域医療連携について、当院が最も関係しているのは脳卒中と大腿骨骨折後のリハビリテーション、回復期医療です。急性期病院から当院に来られた後は、回復して家に帰る方、施設に入られる方がいます。その際の病院間での情報共有が重要なのですが、これがあまりスムーズではありません。時には、急性期病院から当院への情報共有に時間がかかり、入院準備が整わない間に患者さんが他院に行ってしまうケースもあります。こちらも「選ばれる病院」になる必要があるのですが、まずは効率的に情報を取得できる仕組みを強化しなくてはなりません。
また、鳥取県には「おしどりネット」という医療機関をつなぐネットワークが構築され、総合病院の診療情報を他院で活用できるようになっています。当院も2022年度から参加予定ですが、現状ではあまり活用されていないようです。理由としては、急性期病院の側は情報提供の負担が増えるのみでメリットが少ないことが考えられます。この情報は、回復期を担う病院、在宅医療を支えるかかりつけ医さんが必要とするものです。せっかく仕組みがあるので、私たちから「積極的に患者さんの同意を取って、相互に有効活用しましょう」と働きかける必要性を感じています。

●地方で働く医師人材の確保とサポート、看護師の業務効率化は大きな課題

医師の働き方改革に関しては、当院は急性期病院ではないので、医師の過剰勤務はあまり大きな問題ではありません。当院では、希望する女性医師への当直勤務免除を実施したり、夫婦とも医師で義務教育中のお子さんがいる家庭へのサポートをしたりといった取り組みで、病院の体制を整えています。
現状、当院の脳神経内科は質・量ともに充実していますが、医師の高齢化もあり若手医師の確保が必要です。また、パーキンソン病センター発展のためには、リサーチマインドをもった医師を全国からリクルートし、臨床・基礎研究を推進する必要も感じています。医師のリクルートの際、子育ては大きな問題であり、地方勤務をためらわせる原因のひとつです。現代はオンライン環境が整い、多くの面で大都市と地方の格差は減少してきていますので、地方移住までいかなくても、デュアルライフで田舎と都会、両方のメリットを享受するという働き方も提案していきたいですね。
一方、看護師の超過勤務は当院でも課題になっています。主な原因は看護記録の入力作業です。急性期病院ほどの量ではないと思いますが、カルテへの入力作業は非常に手間で、時間外勤務の要因になっています。音声入力ツールなども試していますが、医学用語に十分に対応していないことや、使う側の慣れの問題もあり、なかなか実用には至りません。当院も含む国立病院機構は、電子カルテがオンプレミスになっています。そのことが、クラウド上のさまざまな業務効率化ツールを導入しにくい要因になっています。閉じたネットワークの中で、うまく対処する方法は無いものかと模索中です。

●地域住民を未病の段階から支え、質の高い医療提供をしていく

当院は中長期的ビジョンとして、在宅を含めた精神・神経疾患の患者さんに対して安全・安心で質の高い医療を、ホスピタリティをもって提供することを掲げています。更に、その成果を広く院外に発信していきたいと考えています。
また、私は鳥取だからこそ実現できることがあると考えています。多くの病気は遺伝と環境要因の相互作用により起こります。鳥取市は人口が約20 万人で、人の移動が少ないため比較的ゲノムも均一、長期間フォローもしやすいことから、遺伝要因、環境要因の寄与度を明らかにする研究に向いています。また、未病のうちからデジタルデバイスを用いてヘルスケアに介入することでその効果についても明らかにしやすいと思います。つまり、ゲノム医療、デジタル医療のモデルとして最適な環境なのです。平均寿命と健康寿命とのギャップを縮めるためには、病気にかかる前から地域として生活習慣などを見ていくことが理想です。認知症に関しても、軽度認知機能障害のかなり早期から対応ができるようになれば、その後の治療に大きな影響を与えます。地域住民の皆さまを生涯にわたってフォローすることは今後ますます重要になりますので、この地域でいち早く成果を上げて、世界へと発信していければと考えています。

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