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行政や各医療組織による協議会も提案し、地域医療を主導。少子高齢化時代の社会福祉のあり方を佐渡から発信する

新潟県

佐渡総合病院

佐藤 賢治 病院長

中部

新潟県佐渡市の中核病院として、急性期医療から予防、検診まで幅広く貢献されている新潟県厚生連佐渡総合病院。人口約5万人の佐渡島の基幹病院として、住民の方々の生活を力強く支えていらっしゃいます。今回は、地域医療連携においても主導的な役割を担っておられる佐藤 賢治病院長にお話を伺いました。

●地域医療の柱を担うからこそ、職員は能動的に考える「粋な人」であってほしい

当院は、急性期から回復期まで、地域医療の柱としての役割を担っています。佐渡島内で急性期診療に対応できる唯一の病院ですので、すべての救急車を受け入れます。また、回復期の患者さんも島内の2/3は当院で請け負っています。
私が職員に常々伝えているのは、能動的に考えて仕事をする「粋な人」であってほしいということです。「当院が地域のために頑張っている」と考えるか、「当院だけ苦労している」と考えるか、受け止め方はそれぞれですが、幸いなことに多くの職員は当院の役割と働く意義を意識してくれていると思います。また、私は看護学校の校長も兼任していますが、学生には毎年「生涯研鑽を積むのがプロ。生涯勉強を続ける意識を学んでほしい」と伝えています。これは、病院を支える医師や職員に対しても同様の気持ちです。

●住民の皆様の生活が第一。ジェネラルマインドをもつ医療者が求められる

医療はもちろん、行政も介護も福祉も、共通の目的は「住民の皆様の生活を支えること」です。それぞれ立場も役割も違いますが、だからと言って分担した機能をバラバラに提供していては意味がありません。地域の社会保障を考える上では、まず私たちがシームレスに連携を結ぶこと、そして住民の皆様に必要なタイミングで必要な情報を提供することが重要です。
同時に住民の皆様にも、どのように生きるかを今一度考えていただきたいと思っています。病気や障害を抱えてしまったとき、それを踏まえた上で生活をどのように組み立てるのか、決められるのはご自身とご家族だけです。行政や医療、介護サービスにできるのは、生活を組み立てるためのお手伝いと、相談できる環境の提供のみなのです。あくまでも、住民の皆様がご自身で決められた生活を中心に、私たちはケースバイケースで責任をもって情報を提供していく、これが目指すべき社会保障だと私は考えます。そして、このような体制を築くためには、トータルで問題を検討できる、ジェネラルマインドをもつ人材の育成がカギになるのではないでしょうか。

●職種別の階層別研修・全員対象のマネジメント研修で、自律的なキャリア形成を促進

院内教育の軸として、すべての職種に対してレベル1~5の階層別研修コースを作りました。業務マニュアルや手順書ではなく、初級者から管理者まで、段階ごとに学ぶべき基準を設けています。例えば看護師は、1~2年目は心構えを示し、3~5年目はチームリーダーとしての資質を求める内容で、期待される要素を基準に達成度を評価しています。現段階では修了証の発行のみですが、ゆくゆくは達成度と給与体系が連携する仕組みにしたいですね。給与体系は当院単体では変えられませんが、次のステップへの道筋を提示し、努力が目に見える形で報われる仕組みが望ましいと考えます。
同時に、組織内のマネジメント意識向上の取り組みも進めています。チームや組織のマネジメントはもちろんですが、まず自分自身をマネジメントするスキルを修得してもらうことが目的です。業務のマネジメントに自分のキャリアをどう結び付けていくかを意識することによって、各自が自律的にキャリア形成をする組織にしていきたいと考えています。そのために、新人からベテランまで全員を対象にしたマネジメント研修の実施も今後予定しています。

●働き方改革への対応としてシフト制を導入。業務を細かく分解し医師勤務表を作成

働き方改革への取り組みとして、夜間勤務・休診日の日中勤務を含めたシフト制を導入予定です。その前段として「医師勤務表」の作成を進めています。当院の医師時間外勤務量は、働き方改革のA水準(時間外勤務の上限が月80時間かつ年960時間)に収まっていますが、夜間も救急車を受け入れているので宿日直許可基準の対象外になってしまいます。そのため、夜間勤務も含めたシフト制が必須です。
ただ、医師の業務は特定の医師と紐づいて代替がきかないことが多いため、看護師のシフト制よりも仕組みが複雑になります。まずは、医師の業務を時間・曜日も含めた単位として分解することから始めました。例えば、ある医師の月曜日は8:30~9:00がカンファレンス、9:00~12:00は外来、13:00~15:00が心臓カテーテル検査、16:00~17:00は病棟回診……という形にパーツ分解します。これを全医師のパターンで作成し、週間・月間予定に積み上げると全業務の枠組みができます。この割り当てについて、チーム主治医制をとることで複数の医師が代替できるパーツも出てくるという想定です。
今は個人の業務を分解している最中ですが、勤務表への割り当て作業は、民間企業と組んでシステム化していく予定です。検証はこれからで課題も残っていますが、完成すればシステムと導入支援までをパッケージ化できるのでは、と考えています。

●医師の負担軽減に関する取り組みは、まだまだ課題が多く道半ば

医師の業務負担軽減に関しても取り組みを進めていますが、まだ課題が多いですね。クラークを配置すればもちろん医師の作業軽減になりますが、クラークの人件費は病院の持ち出し分が多く、費用対効果を考えると最善策とは言えません。
シフト制導入に向けてチーム主治医制も進めたいのですが、診療科によって反応が分かれます。例えば、外科は複数名で手術をするためチームで動く習慣がありますが、内科は他人の患者には口を出さないという文化が根強いです。回診など特定の医師でなくても対応できる業務は少なくないと思いますが、従来からの慣習を変えるのは容易ではありません。ただ、働き方改革を理由に大学も変革を進めるでしょうから、当院もその大義名分のもとにチーム主治医制を進めたいところです。
また、医師の負担軽減の結果、住民への影響が出ることも避けられません。例えば、1人体制で週5日間外来をしている診療科の場合、医師が夜勤をした翌日は外来ができなくなります。シフト制によって、診療コマ数が今よりも減ることは必然で、どの科の何を削るかを検討して、医局のコンセンサスを得なければいけません。さらに島内にも「医師の働き方改革の法制化にともなう対応」ということで理解を得なくてはならず、この対応にも苦心するだろうと予想しています。

●「佐渡地域医療・介護・福祉提供体制協議会」によってICTインフラ整備を実現

地域医療連携については、行政・医療・介護・福祉関係団体で構成する「佐渡地域医療・介護・福祉提供体制協議会」(以下「協議会」)を設立し、2022年1月に一般社団法人化しました。実はこの協議会は私の構想でスタートしたもので、メンバーには、佐渡市・保健所・全病院・医師会・薬剤師会・看護協会・介護福祉事業者の方々に入っていただいています。佐渡の地域を担う組織が一堂に会して、地域全体の社会保障のあるべき姿と未来を模索しようという思いで取り組みを進めています。
協議会の具体的な取り組みとして、まずICTインフラを整備しました。1つは、住民の健康・医療情報を共有する「さどひまわりネット」で2013年から稼働しています。もう1つは、現在開発を進めている入所系施設の機能をデータベース化した「資源最適化支援システム」です。これは、退院患者の状態にマッチングする施設候補を提案する機能を持っています。協議会にある介護系の部会に尽力いただき、病院から施設に送る診療情報提供書の共有フローも整備することができました。

●地域の医療従事者が同じ知識を持てるように。基礎研修プログラムも作成中

地域の医療・介護・福祉従事者の基礎的な知識・技術を一律に向上させることにも、今後注力していきたいです。そのために、当院研修とは別に、地域の職種ごとに研修プログラムを作成中です。例えば、薬剤師として佐渡に来た方が、勤め先が薬局・病院・診療所のどこであっても、同じ研修を受けられる環境を目指しています。知識レベルに差があると組織間の情報共有に支障が生まれるため、特定職業の基礎レベルについては同じ研修を受けてもらう、というのが取り組みの主旨です。
すでに、看護師・薬剤師・リハビリ・検査技師・放射線技師・管理栄養士・ケアマネージャー・介護士のプログラムは作成を終えています。しかし、実証実験をしようというタイミングで新型コロナウィルスが流行し、中断を余儀なくされました。また、適用にあたり「うちはそんな研修いらない」「意味がない」などと言われる施設も少なからずありましたので、そうした反応への対策も考慮しつつ、時期をみて再度着手する予定です。

●超少子高齢化が進む地域の先駆けとして、今後佐渡が果たす役割とは

佐渡は、65歳以上の人口比率が42.6%(2020年国勢調査)と、全国に先駆けて超少子高齢化が進行している地域です。だからこそ、今後の社会保障のありかたを提示していくことが佐渡の役割だと考えます。
少子高齢化問題は病院の経営に直結します。若い患者さんが少なくなると、医療密度が下がり、連動して診療単価が下がってしまうのです。現状、都会の50~60歳の患者さんを中心とした病院に比べると、当院の診療単価は1/2~1/3で、今の診療報酬体系で運営すると大幅赤字が続くことになります。
現在、人口5万人規模の自治体でこのような人口構成になっているのは佐渡だけですが、いずれ日本全国が同じ道をたどります。しかし、地域でICTのインフラを整え、医療従事者が連携しやすい仕組みを作っていければ、地域医療の提供や調整は非常にスムーズになります。佐渡でこの仕組みを実証できれば、今後ほかの地域にも必ず参考になるのではないでしょうか。
協議会での取り組みが軌道に乗れば、いずれ佐渡そのものを「地域の少子高齢化にどう対応すればいいのか」を学ぶ学校にしたいという構想もあります。佐渡に移住してくれなくても、1~2年間佐渡で勉強し、また地元に帰って活躍してもらえれば十分です。毎年入学生と卒業生がいて、常に一定数の学生が佐渡に滞在しているという状態を作りたいですね。それが地域の人材確保の根幹だと考えています。

●自覚を持って地域の中心的役割を担い、より良い地域連携体制を築く

今後、当院は地域連携強化の中心的な役割を担っていきたいと考えています。組織同士の仲介・管理をするという意味をこめて、この役割を私は「HUB化」と表現しています。協議会を立ち上げ、連携強化の話を進める中で、さまざまな取り組みへの反応や、コロナに対する各組織の対応を見てきました。トータルで考えようとは言うものの、まだ自分の組織を守るような傾向があるのも事実です。こうした状況においては、当院がまず行動を見せることが改善への道程になると考えます。
重要なのは、当院の職員一人ひとりが「我々の仕事は住民の生活を維持することが目的」と認識して行動することです。具体的には、患者さんを介護施設に移す際には、当院から十分な情報提供をするとともに、「何かあればすぐに連絡してほしい」と伝え、密なコミュニケーションを取ること。患者さんを受け入れる場合も、こちらから詳細な情報を確実に聞き取ること。私たちがこうした行動を継続することで、当院と関わる方々もどんな情報が必要かを認識するようになります。これを起点に少しずつ、地域全体で住民を支えるという意識を醸成していきたいのです。
また、その体制を強化するために、当院に総合サポートセンターを設置しました。院内ではベッドコントロールを含めた患者さんのトータルマネジメントを担当してもらっています。さらに当院と外部とをつなぐ窓口になり、入院、退院する患者さんに関する、すべての連絡調整機能を一手に引き受けてくれています。
佐渡の医療の中心的役割である当院から、情報共有・連携強化の姿勢を発信していくことの意義は大きいと考えます。地域とともに歩み、常により良い医療・福祉のあり方を模索し続けることが当院の使命です。