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医療を通じて地域社会に貢献したい。その思いのもと、病院総合医プロジェクトなど革新的な施策に取り組む

熊本県

社会福祉法人 恩賜財団 済生会熊本病院

中尾 浩一 院長

九州

循環器や消化器、呼吸器、腎臓などの、高度急性期専門医療に特化した医療をおこなう済生会熊本病院。高度専門医療を提供するとともに、クリニカルパスの早期導入や、病院総合医プロジェクトといった革新的な取組みにも尽力されています。特徴的な取組みの内容などを中心に、中尾 浩一院長にお話を伺いました。

●キーワードは地域社会。地域に貢献するためにどんな医療を提供していくか

当院は「医療を通じて地域社会に貢献します」という理念を掲げており、病院経営においても、その理念に基づいておこなうことを第一に考えています。キーワードは「地域社会」です。地域社会に貢献するためにどんな内容の医療を提供していけばいいのか、それを常に意識するようにしています。
それから、これは当院だけでなく母体である済生会自体がそうなのですが、権威勾配が少なくフラットな組織づくりができているという特徴があります。病院経営というのは医師だけでできるものではなく、看護師やコメディカル、事務の方などさまざまな人材が必要です。済生会には看護師やコメディカルに優秀な方が多く、職種を越えてお互いを尊重し合いながらチームで医療を提供できています。

●クリニカルパスを早期から導入。それがフラットな組織づくりにつながった

フラットな組織づくりができている理由は、クリニカルパスを早くから導入していたからだと思います。クリニカルパスとは、事前に診療計画表を医師が看護師へ共有して、いちいち聞かなくても何をすればいいのか分かるようにすることです。つまり、タスクの可視化ですね。今では当たり前のことですが、20年前にはまだ一般的ではなく、「そんな物はいらない、看護師は言われたことをやればいい」という医師も少なくありませんでした。
当院では、先々代の須古院長時代、それこそ約20年前からクリニカルパスを進めてきました。クリニカルパスは、ある意味では医師が看護師などに権限移譲することでもありますから、それを長年やってきたことがフラットな組織づくりにつながっているのだと思います。また、クリニカルパスをやる中で、自分の役割に関してアイディアを出したり、役割を達成するためにすべきことを考えたりしながら、それぞれが知恵を出し合い患者さんのために動くという文化も培われてきました。

●Careの役割を担う「病棟のかかりつけ医=病院総合医」

当院の特徴的な取組みに、病院総合医を運営体制に積極的に組み込む「病院総合医プロジェクト」があります。私たちは病院総合医を「病棟のかかりつけ医」と呼んでいるのですが、専門医が治療で病気やケガを治していくCureの役割だとすれば、病院総合医は、診療・予防などから生活支援につなげていくCareの役割です。合併症を起こさないための予防や、退院後も健康に過ごせるための体調管理、ご家族も含めた介護の計画など、患者さんの生活視点に立った医療を提供するのが主な役割になります。
もちろん、主治医に代わって治療や薬の処方をおこなうこともあります。例えば、専門医が長時間手術をおこなっている間は、他の患者さんの診療・管理はできません。その際、病院総合医が代わって診療をおこなったり、何か変化があれば指示を出したりします。患者さんにとって有益なことはもちろん、専門医の負担軽減にもなります。さらに、看護師や薬剤師も専門医の指示を待たずに動くことができます。
一方で、「病院総合医のなり手がどれだけいるのか」という課題もあります。これまで日本では専門医が高く評価されてきたため、ジェネラルな役割の総合医に対する評価指標が定まっておらず、なり手がまだ少ないのが現状です。ただ、コロナ禍で「さまざまなことに対応できること」の価値が見直された面もありますので、今後は総合医もより評価されるようになれば、と思っています。

●データに基づいた客観的な評価を重視。DXを見据えたデジタル化も推進

経営面では、データに基づいた数字を指標とすることを重視しています。また、データをとる際は、正しい評価・改善につなげるためにできる限り外部の人間が測定するようにしています。その測定のために、各診療科などから独立したトータルクオリティマネジメント部門を立ち上げました。
ただ、改善自体は現場がやらないといけないので、何を測定するかは現場に決めてもらっています。測定指標は現場が決め、クオリティマネジメント部門がデータをとって評価する、それを現場は受け止め改善策を考える。そこで「外部の人間がとやかく言って」と考えるのではなく、プロとして真摯に受け止めて改善していくことが、クオリティコントロールにつながると考えています。
それから、デジタル化にも力を入れています。コロナ禍でZoomなどリモートツールが世の中に広まりましたが、私たちもその辺りはどんどん活用しようと考えています。今週も「未来連携フォーラム」というフォーラムを1週間全部ウェブの配信でおこないました。
数年後には、診療そのものもさらにデジタル化し、医療界もDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めざるを得なくなるでしょう。それを見据え今から準備をしたり、アイディアを出したりすることが大事だと思いますので、NECさんと組んで色々なプログラムを計画しています。

●働き方改革に対応した労働の見える化やタスクシフトをすでに進めている

人事面の課題として、2024年の働き方改革への対応がありますが、すでにいくつか準備を始めています。1つはさきほどお話しした数値のデータ化です。例えば、その診療科の誰がどれくらい働いているかなどを測定し、医師に提示するようにしています。要するに、労働の見える化ですね。データをもとに、無駄な動きや過重労働がないかチェックしています。
次にタスクシフトです。さきほどの病院総合医の存在もそうですし、他には特定看護師の配置や、麻酔科医をサポートするアシスタントの養成などもおこなっています。できるだけ職能を超えてタスクシフトし、ドクターの負担を軽減したいと考えています。また、タスクシフトの際には、負担がただ別の人に移っただけにならないよう、双方の負担軽減になるかを必ず意識しています。

●コロナに関し、医療者には「感染症・分断・風評被害」の3つのリスクがある

今後の課題として、当院だけの話ではありませんが、新型コロナウイルスの流行や熊本地震など、前例の無い大きな出来事にどう対応していくかは重要なテーマではないでしょうか。特に今はコロナが大きな課題ですが、コロナに関して医療者には「感染症・分断・風評被害」の3つのリスクがあると思います。
1つめの感染症リスクは、我々が感染してしまうかもしれない・感染させてしまうかもしれないという、病気としてのリスクです。これは感染防止設備などに資金を投じ、職員を守る措置をとっていかねばなりません。
2つめの内部分断のリスクですが、これは個々人の危機意識の違いによって、連帯が崩れるリスクです。例えば、極力外に出ずマスクも絶対外さないという人もいれば、少しくらいマスクを外して宴会してもいいんじゃないか、という人もいますよね。そうした意識の違いによって分断が生まれ、連帯が難しくなることがあります。これは国民の間でもそうですし、程度の差はあれ院内職員の間でもそうです。これに関しては、私や管理職などの監督者が、一人ひとりの心のケアをしていく必要があると思います。
3つめ、社会の風評被害などに関するリスクですが、これは世間がコロナ禍で医療をどう見ているかという話です。例えば、「医療者を応援します」と言う人でも、もしも実際に近所にコロナ病棟で働く医療者がいれば、その人や家族を避けてしまうことは起こり得るでしょう。そうした無意識の差別から、マスコミによる医療界や病院への批判まで、社会からの視線にどう応えるべきなのか。その視線を無視するわけにはいきませんが、意識しすぎると過大なストレスになります。これは特に難しい問題ですが、社会に理解を求めながらも憂いすぎることなく、バランスを取りながらやっていくしかないのかな、と思います。
これらのリスクを可能な限り避けるためにも、広報と協力してコロナ禍以降はこまめに職員全体に向けたメッセージを発信するようにしています。

●生死に関わる診療科に特化しているからこそ、地域医療連携は当院の生命線

地域医療連携に関しては、新入職員が入ってきたら必ず「地域連携は当院の生命線だから、連携を損なうような行為は絶対にしてはいけない」と伝えています。なぜ地域連携が生命線なのかと言うと、当院は生死に関わる診療科に特化した病院だからです。
当院は、産婦人科・小児科・眼科・耳鼻科・皮膚科・歯科・精神科などがなく、心臓・消化器・呼吸器・腎臓・外傷・脳神経の6つに特化しています。こうした生死に関わる病気・ケガは、患者さんを他の病院からお受けするにしても、お送りするにしても、確実に情報を共有し、迅速に対応することが必要です。だからこそ、地域連携をおろそかにしてはいけないと職員に伝えています。
患者さんが他の病院に転院された後どうなったかも、詳しく報告を求めるようにしています。もしその後の病状が良くなかったり、亡くなられたりした場合は、どこに問題があったかを調べ、必要なら診療科に説明を求める会議を開くこともあります。患者さんの生死に関わる診療科に特化しているからこそ、そこまで確認し常に改善していくことが、地域全体の医療レベルアップにもつながると考えています。

●最先端のエビデンスユーザーとして、新しい医療をできるだけ早く導入していきたい

今後ですが、「医療を通じて地域社会に貢献します」という理念にのっとり、熊本の医療が他の地域から遅れをとることがないよう、新しい医療をできるだけ早く導入していきたいです。最新医療に関して、大学や研究機関は最新医療のエビデンスを作っていく立場ですが、我々民間病院はそれをどう上手に利用するかを問われる立場だと思います。私たちは「最先端のエビデンスユーザー」と言っているのですが、エビデンスを実装するためのチームとして動くことが当院の役割だと考えています。
また、その役割を保っていくために必要になるのが医療のDXではないでしょうか。それも見据えて、4年ごとの中期事業計画もDX推進がメインになっています。ただ、DXによって医療の価値を高めていくときには、「患者さんにとっての価値を高める」ということを忘れてはいけません。最新の治療や手術をし、デジタル機器を取り入れたとしても、それで患者さんが良くならなければ、そこには価値が生まれていないことになります。極端な例ですが、地域で誰も心筋梗塞にならなければ、医師の仕事は減ってしまいますが、地域の人々にとってはその方が幸せですよね。「何が患者さんにとって本当に幸せで、価値があることなのか」をしっかり考えた上で、最新の医療を導入しDXを進めていく。そうした姿勢が今後はより重要になってくるのではないでしょうか。