利便性の高い医療を提供し、生活者の「医療のかかり方」に変化を ─ 労働者健康安全機構 理事長 有賀徹氏

2021/12/15
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有賀 徹 (あるが とおる)

労働者健康安全機構 理事長

■ 学 歴

昭和51(1976)年3月 東京大学医学部医学科卒業


■ 職 歴

昭和51(1976)年6月 東京大学医学部脳神経外科学講座入局

昭和55(1980)年8月 東京大学医学部附属病院救急部

昭和59(1984)年4月 公立昭和病院脳神経外科主任医長,平成2(1990)年4月同救急部長

平成6(1994)年4月 昭和大学医学部教授,昭和大学病院救急医学科診療科長

平成9(1997)年4月 昭和大学医学部救急医学講座主任,同9月 昭和大学病院救命救急センター長

平成12(2000)年4月 昭和大学病院副院長,平成23(2011)年4月同病院長・学校法人昭和大学理事

平成28(2016)年4月 独立行政法人労働者健康安全機構理事長, 昭和大学名誉教授


■ 役 歴

平成18(2006)年9月 卒後臨床研修評価機構理事・評価委員会委員長

平成20(2008)年4月 東京都脳卒中医療連携協議会会長

平成23(2011)年12月厚生労働省 厚生科学審議会専門委員(臓器移植委員会)

令和2(2020)年7月 全国医学部病院長会議 患者安全推進委員会アドバイザー

平成27(2015)年5月 日本病院会 災害医療対策委員会委員長

平成29(2017)年2月 日本救急医学会名誉会員

平成29(2017)年4月 日本医療機能評価機構評価委員会委員長

令和元(2019)年8月 総務省消防庁救急業務のあり方に関する検討会座長

その他


COVID-19を経験した日本で、生活者は本当に変わったのでしょうか。変わったのならば、どのような面で人々の中に変化が起きたのでしょうか。現在の医療体制が抱える課題に加えて、生活者と医療との距離感という視点で、これからの医療について考えてみたいと思います。


生活者と医療者との距離感を変えたCOVID-19 


2020年に始まったCOVID-19のパンデミック。これは単なる「感染症の流行」ではなく、まさに最大級の災害でした。人々の生活を変え、医療者の働き方も変えました。


しかし見方を変えれば、医療者のみならず、生活者もマスクの着用や手洗いを励行するようになり、手が触れる箇所を消毒するようになりました。医療現場ではよく行われていたことですが、生活者の間にもこうした行動が広がること自体は、衛生面ではとても良いことだと思います。


また、生活者にとって「医療を受ける場所」や「医療サービスの受け方」も、変わってきています。実際コロナ禍においては、それまでと同様の医療サービスを受けることが難しくなりました。コロナ患者さんを受け入れる病院では、コロナ以外の医療が一時的に停止せざるを得ない状況も生まれたのです。


さらに、救急車を呼んでも来ない、来たとしても受け入れ先の病院が見つからない、いわゆる「搬送困難な事例」が全国で発生しました。救急車での搬送件数は減ったのかもしれませんが、搬送先の決定までに長い時間を要したケースが数多くありました。病院側としても、コロナ患者(疑いも含め)以外の患者の受け入れや、急性期医療の展開ができない状況になってしまったからです。


その結果、一部の救急・急性期医療は、病院ではなく患者さんの自宅で行われるということがおきました。コロナ患者さんも自宅等で療養している中で、往診による救急医療を受けることになりました。


これは以前の日本の医療では、まず考えられなかったことです。


しかし患者さんや生活者からすれば、自分が受診するために動く(つまり、病院へ行く)のではなく「医療が向こうから来てくれる」、遠くの大病院に行くのではなく「病状によっては自宅で医療を受けることができる」わけですから、利便性は大きく向上します


日常からお世話になるかかりつけ医や、地域で初期救急医療の役割を担う医師が自宅に来て診療を行ってくれて、必要に応じて大病院での診療を手配する。こうした体制が今後の地域医療において考えられていく可能性はいかがでしょうか。


ポストコロナ時代の「あるべき医療のカタチ」


もしも上記の可能性が現実化していくとしたらどのようでしょうか。少子高齢化に伴う人口減少とともに「医療は病院から地域へ」という方向へと進んでいくかもしれません。既にドクターカーやドクターヘリにはそのような「医療は現場から」という考えがあります。「地域医療連携」という言葉が叫ばれて久しいですが、今後は自力で病院に行くことのむずかしい高齢者に対する在宅医療を展開する医療機関、中でも往診可能な拠点が増えていき、それらが上記の可能性、つまり地域における生活者のニーズに合致してそのようになるかもしれません。


一方で、「医師の働き方改革」をより一層進めるためには、一つの医療機関により多くの医師が必要です。病院勤務医の労働時間はすでに精一杯なわけですから、平時から余裕を持っていなければ、COVID-19のような有事には対応できません。今のままの医療提供体制では、”医師不足”の状況は何ら解決できません。急性期医療を展開するような病院は、今後さらに集約されていく必要があります。


ここで以上のことをより分かりやすく表現するなら、発想を転換する必要が出てきます。大病院に広い地域から患者さんを集めるのではなく、医療体制側が地域や患者さんの住まいに出向いていく、という発想です。


大病院にとっては、かかりつけ医や初期救急医療を担う医師に、外来診療をお任せするということです。地域のクリニックと生活者とがもっと距離を縮めて大病院の外来機能を担い、必要に応じて病院と連携し(外来からそのまま入院するように)入院治療へと移行していく、こうした仕組みをさらに強固なものとしていくのです。


昔の日本には、「家の近くの家庭医」が当たり前でした。「ちょっと体調が悪くなったら診て」といつでも受診でき、場合によっては往診もしてくれた、家族全員を診療してくれる医師です。この古き良き時代の医療を参考とするならば、しっかりと役割分担をして、必要に応じて「患者さんを迎えにいく」という方法論も、これからの医療には必要なのではないでしょうか。


ただそのためには、まだまだ課題もあるでしょう。まずは地域において、常にコミュニケーションや情報共有がなされ、地域医療連携の体制が整っていること、その上で、患者さん・生活者の情報を日常的にキャッチアップする機能が必要です。そして、何より重要なことは医療をあたかも私財としてではなく公共の資源としてとらえ、患者さんや生活者の尊厳とは何か、医療者としてそこにどう向き合っていくかという考え方が必要なのです。


そのためには、生活者の「困った」というサインをいかに出しやすくするか、その後のパフォーマンスを社会の仕組みとしての医療提供体制の中で担保できるのか。この仕組みづくりが今後の大きな課題ではないでしょうか。


生活者の考え方を変える、より利便性の高い医療の提供を


一言でいえば「地域医療連携の推進」かもしれませんが、それは簡単なことではありません。


特にコロナ禍を経験した現在の日本では、単に過去の事例や実績だけでは対応できない様々なことがあり、あらたな価値観が求められているに違いありません。日本の医療や倫理観も、今後はますます変化していくように思われます。


まずは、都会ではなく、人材などの医療資源に限りのある地方において、新しい医療のカタチを推進し、さきほど述べた病院から医療そのものが患者宅へ出向くなど、生活者が住みやすい地域、安心して医療サービスを利用できる地域をつくり上げていくべきではないでしょうか。


今までの秩序を変えていくならば、何らかのインセンティブも必要だと考えていますが、とにもかくにもより利便性の高い医療を提供し、生活者の「医療へのかかり方」を変えていくことが一つの方法だと考えます。


私の願いは、社会の仕組み・街の景色が、どんな人々にとっても満足できる状態であることです。医療体制を変えていくとともに、「変わった」ということを生活者の方も了解する必要があるでしょう。


メディアのみなさんには、かかりつけ医のことや、診療所やクリニックと病院との違い、その役割分担等についてしっかりと報じていただき、時には啓発するという役割も担っていただければ幸いです。


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